アルファサード株式会社 代表取締役 野田 純生のブログ


選挙のアクセシビリティ「しなくてはならない」と「してもよい」の間の壁


公開日 : 2024-12-21 09:30:00


アクセシビリティカンファレンス福岡に参加いただいた皆さん、どうもありがとうございました。
調子に乗ってスライドを98枚作ってしまい、最後まできちんとお話しできなかったこともあり、記事に纏めておきたいと思います。

選挙のアクセシビリティ アクセシビリティカンファレンス福岡2024の発表スライドの表紙。

このテーマを思いついた理由は、お話しした通り、アクセシビリティカンファレンス福岡への登壇を依頼されていて、そろそろ話すテーマを決めないとなぁ、と思っていた頃に以下の記事を X で見たことからでした。

ここ数年、国政選挙のたびに利用していた「Yahoo! JAPAN 聞こえる選挙」へアクセスできなくなっていることに気づきました。

頼りにしていた人にとっては残念だなぁ、と思っていたところ、ymrlさんが早速選挙管理委員会のウェブサイトの現状を調べていました。

東京都と千葉県を確認されたようです。

  • 東京都選挙管理委員会のサイトには音声データがある(一部)
  • 「音声読み上げ対応」のPDFがある(一部)が、PDFがスクリーンリーダーできちんと読み上げられない
  • 千葉県選挙管理委員会のサイトには音声データがない

今年は東京都知事選挙、アメリカ大統領選挙、衆議院選挙、その後にも兵庫県知事選などが大きな話題でした。これは、ちゃんと調べてみなきゃ、ということから調査を始めました。

※実は冒頭の記事には後日談がありまして、

先週アップした記事から数日経過した10月24日(木曜)、無事選挙情報が収録されたCDが我が家に到着したわけです。
(中略)
とはいえ関係者の尽力をもってしても、情報がとどくのは投票日の3日前というのはやはり公平性に欠けるのではないかと感じます。

期日前投票が行われているのに、選挙公報が数日前に届く、というのは問題に感じました。が、調査した結果わかったことですが、選挙公報は投票の2日前までに配布されることになっているのだそうで、障害者であるかないかにかかわらず届かないケースがあることがわかりました。

公職選挙法第170条により投票日の2日前まで有権者のいる世帯に配布されることになっている。

でも、それどころか今回みたいに解散から投票までの期間を短くした影響で、選挙公報自体届かなかったという記事もありました。色々駄目じゃんこれ。

なので、健常者も障害者も選挙管理委員会のサイトで公開されている電子データが重要だったわけですね。

なお、Yahoo! JAPAN 聞こえる選挙の件については、中の人(中野さん)に経緯をお聞きして、教えていただきました。

  • 2023年8月17日に聞こえる選挙トップページに提供終了のお知らせ掲載
  • 2023年9月28日に提供を終了
  • ヤフー株式会社として選挙公報をアクセシブルにする声がけをしていた
  • 読み上げ可能な選挙公報の掲載率が一定以上となった
  • 「Yahoo! Japan 聞こえる選挙」があるから、選挙が変わらない?
  • 今後も気にしていく
  • やらなきゃならない事態であれば、再開する

ここまでが、テーマを「選挙」に決めたきっかけとなります。

選挙と合理的配慮

私はウェブを主戦場にしている関係から、どうしてもウェブアクセシビリティの話に目がいってしまうのですが、今回はリアルの話をまず最初に調べることにしました。

選挙の困りごとを知る

当事者の声を聞くのが一番です。そういった点で、以下のページの内容がよくまとまっています。

これも、後で知ったことですが、今年の10月18日に認定NPO法人日本障害者協議会は「障害のある人びとの投票行為に関する要請」を総務省に申し入れています。上記の事例・要望集を再度プッシュするような位置付けの内容となっています。

  1. 障害者権利条約・総括所見、障害者差別解消法等に基づき、障害者の投票行為における「合理的配慮」「不当な差別的取扱いの禁止」の徹底と対応マニアルの作成と活用
  2. 障害者の投票行為における「合理的配慮」「不当な差別的取扱いの禁止」に欠く問題の早急な解消

詳細はスライドにもありますが、ポイントは以下の4点です。

  • 投票所のバリフリー
  • 投票方法の改善
  • 情報のアクセシビリティ
  • 選挙と福祉・医療の連携

投票所自体のバリフリーは当然ですが、介助者が入れるようにしたり、点字版、拡大文字版などを整備したり、記載台を安定したものにして高さを変えられるように、などの物理的な改善を求めています。
投票方法については、現在は郵便投票・代理投票など、投票所にいかなくても投票できる制度ができています(現状、利用できる対象者は限定されています)。周知徹底や手続きの簡素化などを求めています。
情報のアクセシビリティについては後述します。

選挙と福祉・医療の連携については、ガイドヘルパー等の利用、「不在者投票施設」の基準の緩和などを求めています。

これに対して、総務省は2023年に「障害のある方に対する投票所での対応例について」というドキュメントを公開しています。

以下は、今回の実際の選挙会場や報道で知ったいくつかの事例です。

第50回衆院選の投票所で撮った写真。投票方法の案内、国民審査の説明、投票用紙、すべてふりがな付き。

すべてにふりがながつけられているのですが、真ん中の国民審査の説明は「やさしい日本語」で書かれていますね。「やめさせたほうが良いと思う裁判官には...」

第50回衆院選の投票所で撮った写真。すべてにふりがなが付けられている。左から投票に来られた方へ、点字投票の案内、コミュニケーションボード。

右側のものは「コミュニケーションボード」です。投票所に用意されているケースが最近増えています。

コミュニケーションボード

  • Q1. 投票案内状がありません
  • Q2.候補者がわかりません
  • Q3. 字が書けません
  • Q4. 書き間違えました
  • Q5. 書き方がわかりません
  • Q6. 投票のやり方がわかりません
  • Q7. トイレはどこですか?
  • Q8. 出口はどこですか?

裏に答えがあります。お困りのことがあれば遠慮なく係員にどうぞ。

選挙公報のアクセシビリティ

この後の政見放送のアクセシビリティとあわせて「情報のアクセシビリティ」の問題となります。冒頭で紹介したYahoo! JAPAN 聞こえる選挙の話ともつながります。

今回、47都道府県の選挙管理委員会の選挙公報のページをすべて調べてみようと思いました。

調査日 : 2024年10月29日
調査方法 : Google検索、都道府県公式サイト内検索により、以下を調べました。

  • 点字版・音声版・デイジー版・拡大文字版提供の有無
  • ウェブサイトに音声読み上げ対応版が掲載されているか
  • 掲載されている場合、音声読み上げで情報が伝わるか
  • ウェブサイトで音声ファイルなどが提供されているか

※ 各都道府県に取材などはしておらず、情報は正しくないことがあります。
※ 私が見つけられなかっただけかもしれません。
※ でも、見つけられなかった=アクセシブルとは言えないとも思います。

都道府県名 点字版など 音声読み上げ対応 備考
北海道 記載なし PDF(すべて)  
青森県 点字版、音声版、音声コード付き拡大文字版を提供 ページ削除済みにつき詳細不明
岩手県 記載なし PDF(すべて) 小選挙区候補者のみMP3音声データ
宮城県 記載なし PDF(提出者のみ)
秋田県 記載なし PDF(提出者のみ)
山形県 記載なし   ページ削除済みにつき詳細不明
福島県 記載なし PDF(すべて)  
茨城県 点字版の選挙広報や音声版の「選挙のお知らせ」を発行 PDF(すべて)  
栃木県 記載なし PDF(提出者のみ)
群馬県 点字化した冊子及び音声化したCDを配布 PDF(すべて)  
埼玉県 点訳及び音訳、彩の国だより(音声版)の購読をされている方には音声版(デイジー版)「選挙のお知らせ」を提供 ページ削除済みにつき詳細不明
千葉県 記載なし PDF(提出者のみ)
東京都 記載なし(いくつかの区で対応記載あり) PDF(提出者のみ) MP3音声データ(一部)
神奈川県 点字版・音声版・拡大文字版を配布 PDF(提出者のみ) 小選挙区候補者のみMP3音声データ
山梨県 記載なし PDF(すべて)  
長野県 記載なし PDF(すべて)  
新潟県 記載なし PDF(すべて)  
富山県 記載なし PDF(提出者のみ)
福井県 記載なし なし  
石川県 記載なし PDF(すべて)  
岐阜県 記載なし PDF(提出者のみ)
静岡県 記載なし PDF(提出者のみ) 小選挙区候補者のみMP3音声データ
愛知県 記載なし(名古屋市は提供) ページ削除済みにつき詳細不明
三重県 記載なし PDF(提出者のみ) 小選挙区候補者のみWAV音声データ
滋賀県 記載なし PDF(提出者のみ)
京都府 テープ及びデイジー版(ページ削除済みにつき不明) PDF(提出者のみ)
大阪府 点字版・音声版を提供 ページ削除済みにつき詳細不明
兵庫県 点字版・音声版(Xに情報あり) PDF(すべて)  
奈良県 点字版・音声版 PDF(すべて)  
和歌山県 記載なし   ページ削除済みにつき詳細不明
鳥取県 点字版・音声版・デイジー版・拡大文字版を提供 ページ削除済みにつき詳細不明
島根県 記載なし PDF(提出者のみ) 前回選挙で点字版・音声版・拡大文字版の案内あり
岡山県 記載なし PDF(すべて)  
広島県 記載なし PDF(提出者のみ)
山口県 記載なし PDF(すべて)  
徳島県 記載なし PDF(すべて)  
香川県 点字版・音声版・拡大文字版を提供 PDF(すべて)  
愛媛県 点字版・音声版を提供 PDF(不明) ページ削除済みにつき詳細不明
高知県 点字版・音声版(許諾書のみ確認) PDF(提出者のみ)
福岡県 点字版・音声版を提供 ページ削除済みにつき詳細不明
佐賀県 記載なし   ページ削除済みにつき詳細不明
長崎県 記載なし PDF(すべて) 小選挙区候補者のみMP3音声データ
熊本県     ページ削除済みにつき詳細不明
大分県 記載なし PDF(提出者のみ)
宮崎県 記載なし PDF(すべて)  
鹿児島県 記載なし PDF(すべて) 小選挙区のみMP3音声データ
沖縄県 記載なし PDF(すべて) 過去には点字版の配布の記録あり

のっけから躓いてしまいました。調査を行ったのは2024年10月29日、選挙のわずか2日後です。この段階で、11府県の選挙公報ページが削除されていたのです(現在はもっと多くのページが削除されています)。

調べてみると、Wikipediaにはこうあります。

総務省の見解ではインターネットにおいての選挙公報の公開は選挙ポスターの掲示に準じた扱いとなっており、選挙終了後すみやかに公開を終了するのが適当とされている。

選挙公報が消されてしまうと検証ができない・法的には「残してもよい」

 選挙が終わった後に選挙公報が消されてしまうとなると、選挙結果の分析などに選挙公報を参考にすることができません。
何より「言いっぱなし」になってしまうことが問題で、前回の選挙時の公約が実現されたかを評価する、というようなこともできなくなります。
「選挙終了後すみやかに公開を終了するのが適当」というのは本当でしょうか? これも、調べてみました。ありました。

2015年5月22日 衆議院の答弁書には以下のようにあります。

過去の選挙に関する記録として、投票日の翌日以降、選挙公報を選挙管理委員会の記録用のホームページに掲載することについては、次回以降の選挙に係る選挙公報と混同されたり、選挙の公正を害するおそれのない形式で行われるものである限り、差し支えないものと考える。

要するに、残しても良い、が正解なのです。また、選挙公報.comというウェブサイトがあります。「政治家の選挙公約やマニフェストを過去のデータと比較し、有権者が投票の判断材料とする為のサイトです。」とあります。

現在は更新が止まっているように見えます。
「総務省の方針変更により選挙公報の公開が各自治体にて可能となった為、現在当サイトでは閲覧者から寄せられた自治体非公開データのみ追加で掲載しております。」

とありますが、現実は「しなくてはならない」と「してもよい」の壁とでもいいましょうか。あくまでも「残すことは差し支えない」レベルであって、多くの都道府県のサイトが選挙後に閉じている現実があります。
選挙のサイトを特設サイトとして公開する都道府県があることもその一因ではないかと思います。

※ その後、11月の末になって、加えて幾つかのサイトが閉じていることを確認しました。

点字版、音声CD、拡大文字版の案内がないのは何故か?

点字版、音声CD、拡大文字版は法に定められた公式の選挙公報ではなく、あくまでも「選挙のお知らせ」

点字版、音声CD、拡大文字版などについては、冒頭の「[006] 全盲的衆院総選挙に関する覚書。音訳とか点字投票とか。|at-news」記事にもある通り、
市区町村や図書館などから配布されるようで、一度希望すれば次回からも送付してもらえるようになっているところもあるようです。

2019年の国会議事録にもこうあります。

点字版及び音声版、これは、音声版はカセットテープCD、音声コードのいずれかによるものでございますが、それが全都道府県において配布されていたということを承知しております。」(大泉・総務省選挙部長)

では、なぜ都道府県公式サイトに記載がないのか。その理由は「点字版、音声CD、拡大文字版は(正式な)選挙公報ではない」のだそうです。あくまでも「選挙のお知らせ」のような扱いで、且つ都道府県ではなく市区町村や市区町村の点字図書館などから配布されるものであるからです。でも、選挙公報が都道府県の選挙管理委員会のサイトにある以上、そこに案内がないのは不親切すぎるのではないでしょうか。

前述の障害のある人びとの「投票行為に関する要請」にもあります。

「義務制選挙公報」(衆参両院議員選挙・都道府県知事選挙)は、候補者を選択する上で、一日も早く発行・送付されるよう都道府県選挙管理委員会を指導すること。 また、視覚障害がある人に対し、点字・音声・拡大文字などの選挙情報を選挙公報として位置づけ、各選挙管理委員会の責任で発行するよう徹底すること。

「視覚障害がある人に対し、点字・音声・拡大文字などの選挙情報を選挙公報として位置づけ」裏を返せば、これらは公職選挙法に定められた「選挙公報」ではなく「選挙のお知らせ」なのです。どうりで都道府県サイトのサイト内検索などでひっからなかったわけです。候補者対象の選挙公報掲載申請の案内を見てもわかります。選挙公報掲載申請のしおり(神奈川県選管) には、このようにあります(強調は筆者)。

〔Ⅵ〕 視覚障がい者向け「選挙のお知らせ」の作成に係る御協力のお願い

これ、あくまでも、要請「御協力のお願い」なわけです。後で述べる音声読み上げ対応PDFについても、要請ベースであり、公職選挙法に定められた「選挙公報」ではないという位置付けとなります。よって、未提出の候補者もいるため、音声読み上げ対応PDFがすべて出揃っているわけではありません。記事のタイトルを「選挙のアクセシビリティ「しなくてはならない」と「してもよい」の間の壁」としたのは、この辺から来ているのですが、あくまでも「希望する候補者はやってくれ」というスタンスなのです。

音声読み上げ対応PDFは「読める」のか?

音声読み上げ対応PDFって書いてあるから「読める」の当たり前に思いますよね。200名の候補者のデータを調査しました。結果の前に、いくつか読み上げた結果を載せておきます。

最後のだけですね。ちゃんと読めるの(小泉進次郎氏)。最初のPDFは、途中から縦書き部分を横に読んでいます。2つめのものは論外ですね。「イメージ、イメージ、イメージ...」。では、対応できていたPDFはどのくらいあったのでしょうか? 衝撃の結果発表はこちらです。

小選挙区候補者のPDF調査結果のグラフ。タグ付き・読み上げ順序指定ありPDFは6%(12人)。内訳は自民(9)、公明(1)、立憲民主(2)

こちらも、候補者対象の選挙公報掲載申請の案内にありました。

④音声読み上げ対応用の電子データ 1式 ※任意提出
選挙公報掲載文の電子データを市選管の HP に掲載した際に音声読み上げに対応するため、希望する候補者は、②と併せて「アウトライン化されていないPDFファイル」(PDF/X1a形式)をCD-ROMに保存の上、提出してください。

音声読み上げ対応の掲載文にも「希望する場合」とあり、任意提出、希望する場合であり、これらは義務ではなく、要請ベースで法的な裏付けがないのです。

それでも、全体の6%、12名分のPDFでは読み上げ順の指定など、音声読み上げへの対応ができていました(自民(9)、公明(1)、立憲民主(2))。

音声読み上げ対応 PDFの作り方

以下の画像は読み上げられた小泉進次郎氏の PDFを Adobe Acrobatで表示、読み上げ順を表示させ、「ページコンテンツグループを表示」 >> 「ページコンテンツの順序」を選択したものです。

小泉進次郎氏の選挙公報PDFには、読み上げ順や構造が指定されているのがわかる

読み上げ順や構造が指定されているのがわかります。以下の手順で読み上げ順を指定できます。

  • 読み上げる範囲のブロックを選択する
  • 「読み上げ順序ツール」でブロックの構造がどれにあたるかを指定(見出しなのか段落なのか)
  • 右カラムの「順序」でドラッグ&ドロップで読み上げ順を指定

写真や画像は、ブロックの構造を「図」として右クリック(Ctrl+クリック)で代替テキストが指定できます。(一部で確認)選挙公報の音声読み上げ対応版は、画像を削除するように案内されているような指示が書かれていたのですが、削除せずに代替テキストも指定せずに提出していると、2番目の音声のように「イメージ、イメージ...」のような読み上げになってしまいます。

コンテキストメニューで「代替テキストを編集」を選択

ただし、Acrobatの代替テキストの編集ツールは(その他のアクセシビリティ関連機能もそうですが)、動作に一貫性がなく、ファイルによってはこの「代替テキストの編集」が表示されなかったりします(KeynoteやPowerPointから書き出した複数ページのPDFなどで表示されません)。読み上げ順序のドラッグ&ドロップでの順序指定も、順番を変えた要素が不可視になってしまったりすることもありました。キーボードで順番が変更できないのも不便で、このあたりの改善を望みたいところです。

書き出し元作成元アプリケーションでの代替テキスト指定の対応

読み上げ順指定やタグを編集できるのは無償版の Acrobat Readerではできませんが、作成元アプリケーションの方で構造や読み上げ順を意識し、代替テキストも指定した状態のデータを作ることで、書き出した後のPDFのアクセシビリティを向上させることができます。最近のオフィスソフトでは画像挿入時に自動でAIが代替テキストを指定、それをこのように修正することができるようになっています。ただ、残念なことにこの形で指定した代替テキストが識別できるのは一部のソフトウェアとスクリーンリーダーの組み合わせだけでした。対応状況は後ほど纏めます。

編集中PowerPointのスクリーンショット。真ん中の私の写真に代替テキストを指定しているところ。

 Keynote(macOS)での指定もほぼ同様です。画像を選択、画像タブの「説明」に代替テキストを入力すると、書き出されたPDFの読み上げ時にそれを読み上げてくれます。

Keynoteで画像を選択、画像タブの「説明」に入力したテキストを読み上げる。写真は投票所のコミュニケーションボード。

書き出し元作成元アプリケーションでの読み上げ順の対応

(この情報は非公式のものですが)書き出し元作成元アプリケーションでの読み上げ順の設定のクセ? を理解しておくと対応が楽かもしれません。PowerPointとKeynoteで私が色々と確認してみた範囲ですが、基本的に「作成したオブジェクトの順」に読み上げ順が指定されて書き出されるようです。ただし、そうはいってもスライドに修正を入れたりすることで、読み上げる順番に常にデータを作成できるわけでもありません。

その際には、スライドごとにすべてのオブジェクトを読み上げさせたい順番で「カット&ペースト」すると良いようです。私が何度か実行した結果、その順序指定で書き出されました。ただし、公式なドキュメントに書かれているものを見つけられていませんので、Acrobat上で確認するか、実際にスクリーンリーダーで確認するようにしてください。

 不十分なソフトウェアの対応状況

macOSとWindowsのみですが、調査しました。他にスマートフォンなどでの調査も必要かとは思いますが、結果を記載します。

macOS
  • プレビュー+VoiceOver => 正しい順
  • Safari or Firefox+VoiceOver => 正しい順
  • Chrome(Edge)+VoiceOver => 正しくない
  • Adobe Acrobat+VoiceOver => 正しい順(ただし複数ページのPDFはうまく読むことができない)
  • Adobe Acrobatの「読み上げ」機能=> 正しい順
Windows OS
  • Chrome(Edge)+ナレーター or NVDA => 正しくない
  • Firefox+ナレーター or NVDA => 正しい順
  • Adobe Acrobat+ナレーター => 読み上げ不可
  • Adobe Acrobat+NVDA => 正しい順
  • Adobe Acrobatの「読み上げ」機能=> 正しい順

それでもテキスト(やHTML)版が望ましい理由

ただ、残念なことに、上述の方法でPowerPointとKeynoteから書き出したPDFの代替テキストが読めるのを確認できたのは「プレビュー+VoiceOver」「Safari+VoiceOver」のみでした(macOSのみ調査)。Adobe Acrobat (Reader)と VoiceOverの相性は良くなく、1ページのものは読み上げたり代替テキストの指定ができるのですが、複数ページものだと設定も読み上げもできません。

現状では、PDFでの情報提供は、こと「視覚障害者のスクリーンリーダーでの利用」という点では、まだまだ問題が多いというのが今日(2024年12月19日)時点での結論です。

その点、HTMLやテキスト版での提供にはさまざまなメリットがあります。

  • PDFでもタグ付け・読み上げ順序設定など、音声読み上げへの対応は可能
  • ただ、ソフトウェアとスクリーンリーダーの組み合わせによっては正しい順序で意図通りに読み上げられないことがある
  • 音声ファイルを提供していても、視覚と聴覚に障害のある人は情報を取得できない(テキスト版なら点字ディスプレイなどが利用できる)
  • 読み書き障害の人は読みやすいフォントや行間を選択できる
  • 日本語が母語でない人が翻訳ソフトを利用したりふりがなを振ることができる

情報保証版(点字、拡大文字、音声CDなど)への情報提供用にテキストデータの提出を義務付けて、それを選挙管理委員会の選挙公報ページに掲載することが望まれます。

政見放送のアクセシビリティ

続いて、政見放送のアクセシビリティについてです。選挙公報の電子版では主に視覚障害者、スクリーンリーダーへの対応が主な視点となりましたが、政見放送においてはむしろ聴覚障害者への配慮が必要とされます。以下にいくつかの動画のキャプチャを貼ります。

 衆院選比例代表自民党政見放送、スタジオ収録、椅子に座っている石破茂、三原じゅん子、左に手話通訳。
スタジオ録画(申し込むと手話が付く)が、字幕は付かない(クローズとキャプションは別)

国民民主の政見放送、政党持ち込み版、向かって左を向く榛葉 賀津也と玉木雄一郎、手話通訳がワイプで、字幕付き(ふりがなはなし)。
持ち込みビデオ・比例共通部分(各党に委ねられている)

自民党和歌山2区にかいのぶやす政見放送、候補者持ち込み版、地元の女性に髪を渡してお辞儀している。手話通訳がワイプで、字幕付き(ふりがなはなし)。
持ち込みビデオ・候補者(各党もしくは候補者に委ねられている)

聴覚障害者への動画の情報保証としては手話と字幕ということになりますが、これについても「法的に義務」化されているわけではありません。スタジオ収録については「希望すれば」手話通訳がつきますが字幕は付かず(特に地方などでハードウェアが整備されていないという話を聞きます)、政権や候補者が持ち込む者は各々の政党や候補者に委ねられています。

前述の要請書「障害者の投票行為における合理的配慮を欠く問題事例の改善を」にも「すべての政見放送などに国の責任で手話通訳・字幕等を配置」とある通り、国の責任で義務化を求めています(要するに法律になっていない)。

今回の衆院選での政見放送の手話・字幕の現状 (持ち込みビデオ方式、比例)

  手話 字幕 字幕へのふりがな
自由民主党 ×(なし) ○(あり) ×(なし)
立憲民主党 ○(あり) ○(あり) ×(なし)
日本維新の会 ○(あり) ○(あり) ×(なし)
国民民主党 ○(あり) ○(あり) ×(なし)
公明党 ○(あり) ○(あり) ×(なし)
日本共産党 ○(あり) ○(あり) ×(なし)
れいわ新選組 ×(なし) ○(あり) ○(あり)
参政党 ×(なし) ○(あり) ○(あり)
社民党 ×(なし) ○(あり) ×(なし)

動画の字幕にはふりがなをつけるべき

すべてに○がついた政党はありませんでした。手話はもちろんですが、手話のわからない聴覚障害者もいます。手話も字幕も両方必要です。政見放送では人名やさまざまな用語が出てきますから、ふりがながあった方が良いです(聞こえないのですから読み方もわからないものがあります)。

また、音声ガイドを提供しているケースは見つけられませんでした。

政見放送だけじゃない、動画サイトの活用が目立った選挙戦

今回の衆院選やその後に行われた兵庫県知事選挙でもそうですが、SNS、特に YouTube を活用した候補者や政党が増えていることも見逃せません。

自民党YouuTubeチャンネルに載っている縦長動画、聴衆を前にする石破茂の後ろ姿。AI文字起こしをONにしている状態。

政党の公式チャンネルの動画でも字幕が付けられているのはごく一部です。YouTubeでは音声認識の自動字幕が付けられますが、誤字なども多く、そもそも配慮されていないことが当事者の疎外感を感じることに繋がっていることをもっと考えるべきでしょう。動画が投票先を決める重要な材料になっていることは事実でしょう。政見放送以外の動画についても今後改善していく必要があるでしょう。

選挙報道のWebアクセシビリティ

ようやく最後のテーマに辿り着きました。選挙報道のアクセシビリティ、特にウェブにおけるアクセシビリティについても調べてみました。まず、アメリカ大統領選挙で前回以前から気になっていたのが「地図」を使った表現です。以下の記事が2016年ですから、前々回にすでにこのブログで指摘しています。画像は朝日新聞デジタルのものです。

2020年のアメリカ大統領選挙の勢力地図、民主党は青(バイデン)、共和党は赤で色分け(トランプ) 州に数値あり、朝日新聞デジタル(出典はAP)。

同じ地図をモノクロ表示したもの。民主党と共和党の違いがほとんどわからない。

色だけに依存した地図

2020年のアメリカ大統領選挙の勢力地図、民主党は青(バイデン)、共和党は赤で色分け(トランプ)ですが、モノクロにするとほとんどわかりません。

日本の選挙でも地図を使った表現が見受けられます。以下の画像は今回の衆議院選挙のもの(日本経済新聞ウェブサイト)をモノクロにしたものです。わからないですよね?

衆議院選挙開票速報 日本経済新聞のサイト。与党は赤、野党は青。日本地図で、色付きの丸で表現している。

達成基準 1.4.1 色の使用 (レベルA)

色が、情報を伝える、動作を示す、反応を促す、又は視覚的な要素を判別するための唯一の視覚的手段になっていない。

WCAGにもある通り、色を唯一の識別手段としてはいけません。色覚異常者、モノクロディスプレイ、モノクロ印刷した紙など、色だけでは伝わらない人、ケースに考慮するためです。アメリカ大統領選挙版の改善案を作ってみました。

2020年のアメリカ大統領選挙の勢力地図を、色分け+矢印で表現(色の識別ができなくても理解できるようにしたもの)。

色分け+矢印で表現して、色の識別ができなくても理解できるようにしたものになります。これであれば、モノクロディスプレイでも識別できます。よく、「アクセシビリティを優先するとデザインの自由度がなくなる」という話が(定期的に)出てきますが、確かに、色のみで表現するとスマートに見えるという面はあるかもしれません。でも、こういったテーマこそがデザイナーの腕の見せどころではないか、と私は思います。

SVGの領域にフォーカスがあたらない・読み上げられない問題

地図上のエリアにマウスを持っていくと詳細が表示される、というような演出を入れているサイトが多いのですが、もう一つの問題は、SVGが使われていてキーボード操作でフォーカスがあたらない問題と、領域が読み上げられない問題です。以下の画像はNHKのウェブサイトの地図ですが、色+斜線、格子線で民主党と共和党を識別できるようにしていて、上述の「色」問題はクリアしています。マウスを持っていくと太い枠線が出て、クリックすると詳細のダイアログがモーダルで表示されるのですが、キーボード操作できません。

NHKのウェブサイトのアメリカ大統領選挙の地図表示を拡大したもの。「色」+模様(民主党は格子、共和党は斜線)

コードを見ると、SVG要素が使われているのがわかります。svg内の polygon要素に aria-labelで読み上げるテキストを指定し、tabindex="0"を追加することでキーボードフォーカス可能、読み上げ可能になります。
Chromeの開発者ツールで地図部分を確認したところ。SVG要素が使われている。

<polygon aria-label="ワシントン州、民主党が勝利" tabindex="0"...... >

そして、詳細のモーダルやポップアップが表示されているようにしている場合は、開いた時にそこにフォーカスがあたるようにしなければなりません。今回色々調べてみましたが、指定されているサイトも一部ありました。

複雑な表問題

 以下の画像はNHKの衆院選の特設サイトのものです。ご覧いただくとわかると思うのですが、グラフの下にある表は相当複雑です。興味のある方は実際にサイトでスクリーンリーダーでの読み上げなど確認いただければと思います。

NHKの衆院選特設サイト。半円グラフで結果、その下に複雑な表で詳細情報を示している。

表が複雑になっている一つの原因は、1つの表の中に今回の結果だけでなく「選挙前勢力」今回の結果中に「前」「元」「新」「(女性)」など、さまざまな軸の数値を入れ込んでいるからかと思います。もちろん、適切にマークアップすればアクセシビリティを向上させることはできるとは思うのですが、この表を読み上げて理解するのはなかなかに大変です。

政党名の略称の問題

自公連立政権、自民、公明、立民、などの表現をよく見かけますが、1文字で表現しているケースがあります。与党を「自 公」野党を「立 維 共 国 れ 社 参」のように表現している場合です。

VoiceOverはこう読み上げました。

  • 自 公 = さつか おおやけ
  • 立 維 共 国 れ 社 参 = りゅう い ども くに れ しゃ さん

本来、略語とみなすのであれば abbr要素+title属性ということになるのでしょうが、aria-labelを使うか、せめて2文字で表現するようにすると理解しやすくなるのではないでしょうか。

最後に - ネット選挙が解決の糸口に?

最後になりますが、選挙絡みの情報アクセシビリティが良くなっていくことが前提ではありますが、リアルの投票についてはネット選挙がいくつかの問題を解決するのではないかと感じています。

  • ガイドヘルパーや介助者の問題、不在者投票施設の問題は解決
  • 在外選挙問題も解決(海外にいる人の投票)
    • もちろん、投票サイトがアクセシブルであることが大前提
  • ネット選挙の懸念点とは?
    • 本人確認、不正投票
    • 望まない投票の強要
    • サイバー攻撃、データの改竄
  • 北欧エストニアの電子投票がヒントに?

以下のページで紹介されています。

エストニアの事例とネット選挙

  • 世界中のどこからでも投票可能、投票所へ行かなくても良い
  • 身分証明書による投票とモバイルIDのどちらかを選択できる
  • 身分証明書の場合は専用の読み取り装置が必要
    • 日本の場合はマイナンバーカードで可能?
  • 期間中であれば何度でも投票が可能
    • 投票期間中であれば何度でも投票し直せ、最後の投票が有効
    • 望まない投票の強要をされても、やり直せる

もちろん、さまざまな課題があることは承知していますが、そもそも「投票所に行って投票用紙に記入して投票する」ということが障害を持つ人や高齢の人にはハードルが高いわけです。

カンファレンスの直後には、以下の記事を目にしました。時代の要請であることは間違いないと思っています。


まとめ

とても長い記事になってしましましたが、いかがでしたでしょうか。問題が山積みですね? 何ごともそうなのですが、こういうものは直前に考えても対応は難しいです。自然災害などと違い選挙は、あることが事前にわかりますから、ぜひ次回までに改善できる部分は改善していきたいですね。来年の参議院選挙は 7月に実施されます。

  • 選挙にはさまざまなバリアがあるが、選挙は民主主義の根幹であり、改善が必要
  • 選挙公報の情報補書版やアーカイブを残すことなどについては法律で定めていくこと「=しなくてはならない、にしていく」も必要
  • 政見放送についても同様に、法律で定めていくことも必要
  • 法律が未整備であっても、障害者差別解消法の合理的配慮は義務化されているのだから、求めがあれば対応せざるを得ない
  • 法律が未整備であっても、政党、政治家、マスコミ、選挙に携わる人ひとりひとりが問題を認識し、改善していく取り組みが必要
  • PDFでの情報提供は、現状ではさまざまな問題があるため、ソフトウェアの対応の改善を求めたいが、現状ではテキスト版やHTML版の提供が望ましい

以上となります。年内にこの量の発信をするのはおそらく最後になりますが、みなさま良いお年をお迎えください。



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野田 純生 (のだ すみお)

大阪府出身。ウェブアクセシビリティエバンジェリスト。 アルファサード株式会社の創業者であり、現役のプログラマ。経営理念は「テクノロジーによって顧客とパートナーに寄り添い、ウェブを良くする」。 プロフィール詳細へ