書評 : ろうと手話 - やさしい日本語がひらく未来 (筑摩選書)
公開日 : 2021-12-03 15:00:00
- この記事は やさしい日本語 Advent Calendar 2021 アイコン別ウィンドウで開きます の第3日目の記事です。
- この記事は アクセシビリティ Advent Calendar 2021 アイコン別ウィンドウで開きます の第4日目(ちょっとだけフライング!)の記事です。
弊社の伝えるウェブ アイコン別ウィンドウで開きます や、やさしい日本語関連の活動でもお世話になっている やさしい日本語ツーリズム研究会 アイコン別ウィンドウで開きます の吉開章さん著「ろうと手話 ――やさしい日本語がひらく未来 (筑摩選書) アイコン別ウィンドウで開きます」を読みました。
吉開さんのことだから、ろう者、聴覚障害者にとっての「やさしい日本語の有効性」を説く内容だろうと思って読み始めましたが、まったくそんなことはありませんでした。この本は「ろう者にやさしい日本語」の事例や、「ろう者にやさしい日本語の書き方、話し方」を学ぶ本ではありません。「手話は言語である」という本質の理解から、日本語教育、やさしい日本語の視点で考えていこう、という筆者からのメッセージであると私は受け取りました。
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障害には色々な種類がある
第一章は文字通り「ろう」「聴覚障害」の基礎知識です。当たり前ですが、視覚障害者と同じく、聴覚障害者といってもひとりひとりの状態は同じではありません。
- 軽度難聴〜重度難聴といった、聴力レベルによる分類
- いつ聴こえなくなったか、による分類 (先天性か中途失聴者か)
- 母語は何か(手話か日本語か)、による分類
「ろう者」の母語(第一言語ともいう)はあたりまえに「手話」じゃないか、と言えば必ずしもそうではありません。中途失聴者は(時期にもよりますが)、読み書きもできるし、話すこともできる人が多いですし、先天的なろう者でも、周りに手話を使う人がいる環境で育たない場合、日本語が母語であることもあります(もちろん、習得には大変な努力が必要だし、そのために母語とはいえ必ずしも聞こえる人と同等に日本語を使いこなせるわけではない)。私が今、聴覚障害者になれば、母国語は日本語となります。そこから第二言語である手話の学習が始まったりするわけです。
手話は一つではない
「やさしい日本語」や「アクセシビリティ」に興味を持ち、取り組んでいる立場の自分にとって、不勉強なことを恥じるばかりですが、「手話」は一つではありません。手話サークルや手話講習会等で学ぶ多くの手話は、音声言語である日本語に手話単語を一語一語あてはめていくもので「日本語対応手話」 と呼ばれるものです。これは手話ではありますが「日本語」です。
一方で、「日本語対応手話」とは本質的に異なる、ろう者独自の手話を「日本手話」といいます。ろう者はこの2つの言語を使いますので、ある意味でバイリンガル(2カ国語使用者)と考えることができます。この、どちらが「母語」であるかによって、仮に日本語対応手話による情報提供を受けたとしても「日本手話」が母語であれば、第二言語から第一言語への翻訳、といったプロセスが必要になります。
日本手話は、日本語と文法が異なるため、ろう者の母語は「日本手話」であるという考え方があります。このような考え方はアメリカではすでに認知されています。アメリカの場合ですが、ろう者の母国語は「アメリカ手話」(ASL)であり、音声語である英語や英語対応手話はろう者にとっては第2言語(Second language)になります。逆に、アメリカの健聴者にとって「アメリカ手話」が外国語扱いになります。アメリカの一部の州では、高校や大学で外国語として、フランス語、イタリア語等と並んで「アメリカ手話」を選択することができます。「アメリカ手話」を外国語として取り扱っているのです。このような動きは近年、日本でもみられるようになりました。
障害の正体は無関心、無理解、思い込み
この部分が、吉開さんの言うところの「ろう者」と「外国人」の共通項、ひいては「やさしい日本語がひらく未来」に繋がっていきます。そして、この書籍の読者ターゲットの1つであろう「日本語教育関係者」に対する提案、メッセージを最後に述べられています。
極端な例え話をします。『「英語が話せる日本人」と「英語が話せる中国人」が「英語」でコミュニケーションをとっている』シーンを思い浮かべてください。2人とも英語が第二言語ですから、ここに「共通言語としての、やさしい英語(Plain English)」を使おう、ということなのです。
ですので、この本は、冒頭に書いた通り「ろう者にやさしい日本語」の事例や、「ろう者にやさしい日本語の書き方、話し方」を学ぶ本ではありません。「ろう者」「聴覚障害」というもの、そして「手話」というもの、その歴史、議論、種類、そういったものを理解して、その結果として「やさしい日本語」がろう者(ろう者への橋渡しとなるバイリンガルろう教育関係者)の負担を減らし、支援に寄与する。本の帯にある通り「障害の正体は無関心、無理解、思い込み」なのです。学びましょう。