アルファサード株式会社 代表取締役 野田 純生のブログ


MTOSはWordPressの夢を見るか? Movable TypeはEnterpriseの夢を見るか?


公開日 : 2013-08-05 12:30:13


MT(Movable Type)6が発表されベータリリースがなされました。8月3日にはMTDDCが開催され、私もWindows Azureに関するセッションに登壇してきました。

MTDDCのセッションでスピーチする筆者

MT6では長谷川恭久さんをデザイナー(デザイナーとは少し位置づけが違うのかもしれません。全体のコンセプト定義のようなものかもしれません。)に迎え、内容的には新たに Data API が実装されました。

ここで私が書くことは外部の人としての想像です。もちろん MTDDC のセッションやこれまでに中の人と話をしていて直接聞いたこと等の背景はありますが。

Movable Type 6の概要

  • いくつかの細かな改良と新機能(時限公開、Google Analytics連携等)
  • AdminScript(mt.cgi)側には大きな変化なし(互換性の重視)
  • Data APIとChart API
  • Loupe(ルーペ)=Data APIとChart APIのサンプル的位置づけ

Movable Type 6の背景

  • 従来のアーキテクチャからの脱却(への第一歩)
  • 進むマルチデバイス対応、ニーズの高まり
  • スマホアプリのバックエンドCMSとしての利用の想定
  • ソーシャル、エンタープライズとの親和性

特に、1番目の「従来のアーキテクチャからの脱却」ですが、Movable Typeの Perl API 特に MT::Object や Data::ObjectDriver に依存している現状から離れようとしたとき、例えば別の言語でイチからリファクタリングしようとした時に(PHP APIは既にあるにしても)、内部構造がガチガチに MT::Object ベースになっているために思い切れないといった事情があります。

モバイルシフト、HTML5時代、CMSは単なるデータベースの入り口を担うものになりつつあります。それ(Contents)の出し入れが JSON REST APIに変わるということはどういうことか。この API を利用したデータの出し入れが主流になれば、それを C#で書き直すことも不可能ではないということを指します。もちろん MT 自体を別言語に置き換えることも物理的には可能ですが、ソフトウェアとして肥大化しすぎていることが足かせになります。現実的で、ない。

MT にはこれまでも XML-RPC インターフェイスが用意されており、XML が JSONに変更されたというのは時代の要請、流行といったことがもちろんあるのでしょう。でも、それよりも今回の本質はデータの出し入れをよりシンプルな REST API ベースにするだけでなく、これまでの XML-RPC インターフェイスが単なる「ブログ記事投稿インターフェイス」だったのに対し、今回の Data API ではオブジェクトの入出力、リスト取得、検索、また、対象をブログ記事以外にも広げた点にあります。つまり、これからは Data API を通すよ、というメッセージなのです。

ちなみに、僕はまだあまり触れていませんがJSON2MTMLとプラグインを書きました。Data APIから取得したデータをMTMLで出力するというものです。一見すると"何がしたいねん"に見えますが、これはこれで結構色んな活用方法があるのです。

ただ、現段階ではあくまでも「第一歩」です。Perl CGI(PSGI)がベースであることに変わりなく、リクエスト集中で CPU 負荷が Max になったり、といった問題は解消されていません。"根本的に書き直されるまでのつなぎ"である感は否めません。

将来的に"根本的に書き直される"かどうかは、現段階ではわかりません。利用者(ここでいう利用者はCMSへのデータ投入者ではなく、Web開発者)が DATA API を使った情報の入出力を活用し、それが広まり、魅力的なサイトやアプリケーションが広まってこその次の段階です。 だから、「DATA API の利用普及が進み、既存アーキテクチャを離れて根本的に書き直す。書き直すのはDATA API」となった時こそが、MT6 の成功であると言えます。利用普及が進まず、従来の利用方法(MT::Object+テンプレートエンジン)ベースで、違う方向へ舵を取らなければならなくなったとき、MT6は失敗(プロダクトの目指す方向的な点で)となります。

と、いうことから考えると、以下の指摘はあながち間違いではないと思うのです。

GPL(v2)での提供の終了(MT5.xまで)、一部ライブラリやプラグインのライセンスをMITに

もう一点、大きな変更としてオープンソースライセンスの変更と商用ライセンスの価格変更があります。これが同時に語られるところには問題があるのですが、これについても触れておきます。

MT4(正確には4.1)から提供されていた GPLライセンス(通称MTOS)。MT6からは提供されないというアナウンスがありました。現段階での結論としては MT6 移行はGPLでの提供しない、従来のMT5.xの提供は継続する、サポート、メンテナンスについても継続する、というものです。

この点については MTOSユーザーグループ(Facebookグループ) から陳情書が出され、シックス・アパートサイドでは、今後もユーザーと対話を続けて行くというコメントをいただいています。

ちなみに、このFacebookグループは私が作ったのですが、参加者は65名(8月5日現在)、MT6のアナウンス以来活発に意見交換がされています。

MTOSはどのように使われているか?

MTOSユーザーグループの参加者の属性ですが、少し乱暴な分類ですが、地方のWeb制作者、not プログラマ(開発者)、商用版MTに対する廉価版(と、いうか無償)として利用している人が大多数。本来? のオープンソース的な使い方、ソースの改変、派生物の配布、といった利用のされ方ではなく、予算のない制作構築案件に使われているというのが現状のようです。少し聞いてみたのですが、案件総予算が30万円、これが一つの壁? だそうで、この30万案件に対して6万円のライセンス料は確保できない、といった事情のよう。これは地方の WordPress 案件と近いように思います(このあたりの事情には私は詳しくはありませんが)。

MTがGPLライセンス版をリリースした時、海の向こうで(主に元シックス・アパートのエンジニア達?) Melodyというプロジェクトが生まれました。MT4をベースにしたオープンソースCMSです。GitHub で公開されていますが、最終更新から2年程経過しています。このプロジェクトは成功したとは言いがたい。

一報、本家の Movable Type はシックス・アパートによって常にメンテナンスされています。8月5日現在、ライセンスは GPL(v2)のままです。

Movable Type (Open Source)へのコミットは現在シックス・アパートの中の人が行っており、外部の開発者がリポジトリにコミットすることはできません。もちろん GitHub上で開発されていますから、 Pull Requestを送る、といったことはできるわけです。ただ、外部の人のコードをそのままコミットすることはまずありません。セキュリティと品質に関するチェックを行った上で最終的にはシックス・アパートの判断によってコミットされます。

そういった意味では Movable Type はオープンに、誰もが開発に参加できるといったスタイルにはなっていません。これは、もちろん大いに良い意味を持っていて、商用ライセンスのソフトウェア(商用版とコアのコードは同一)の品質をメーカーとして担保するということが可能になり、オープンソース版についてもメーカーがメンテナンスする商用ソフトウェアと同等のコードが提供されるのです。しかしながら、こういったスタンスが外部開発者の数を減らしたり、深いところにコミットするコア・ユーザー(エバンジェリスト)の育成を拒んでいるといった面もあるのだと思います。

これは、テーマやプラグインが多数生まれていて、プラグインなんかについても"公式"サイトで半ば公認されているようなソフトウェア(例えば WordPress のような)とは少し違う生態系・コミュニティになっているのが現状です。MTOSを使う人の多くは、無償、機能限定版を使う感覚で利用している。

もちろん、一部のユーザーはそうではない(私も含め)。例えばWebアプリのプロトタイプやスタートアップに使うなんて使い方がやりやすいし、もちろん実験的なコードを書くためのベースとして GPL版の存在には価値があると思っています。ただ、そういう使われ方はしていない。

Movable Typeに関するフィードバック(要望、修正依頼、バグ報告)について、現状は以下のようになっています。

  • Movable Typeへのフィードバック(ダッシュボードからリンクされているフィードバックページ)
  • FogBugz(Movable Typeへのフィードバックも、結果的にはここに登録される)
  • MTQ(フォーラム : MTQ | Movable Type ユーザーコミュニティ)
  • GitHubへのPull Request
  • TwitterやBlogでの情報発信、等

1,2は公式にアナウンスされている正規? のフィードバック方法、あとはコミュニティの自主的なフィードバックです。以前はmixiのコミュニティなんかも活発でしたが(現在はどうなっているのだろう?)。いずれにしても、修正なんかについては FogBugz に投げるのが正規ルートです。これは オープンソース版も商用版も個人無償版も変わりありません。私たち(当社)は相応のフィードバックを送っていますが、MTOSユーザーではありません。どちらかといえば商用、というかバリバリの商用ライセンスユーザーです。商用版MTをコアとした PowerCMS がメインなのですから。MTOSユーザーがこのようなプロジェクトへの貢献ができているか? 現状ではできていない。

小さく、しかし深く、活発なコミュニティ

8月3日のMTDDCの参加者は100名弱。2008年4月に開催された MT4LP5(CSS Nite LP, Disk 5) には約400人の人が集まっていました(しかもこのシリーズは大阪、名古屋でも開催されています)。当時の東京会場だったベルサール原宿と同じ建物にシックス・アパートの現在の親会社のインフォコムさんが入居しているのは何かの偶然か。

あれから5年。この、400名、もしくはそれ以上の人たちは去り、100名が残りました。いや、去ったのでしょうか? いつの時代にもどこのコミュニティにも移り気な人、悪く言えばふらふらとあっちいったりこっちいったりする人は存在していて、そういうひとの多くは元々そこにはいなかったのではないか。でも逆に去る人以上に新しい人を獲得できていなかったことも、また、事実かと思います。MTDDC や MTCafe にはいつもの顔ぶれ、年齢層も比較的高くなってきています。Movable Typeが誕生して12年ほど。日本にやってきて10年。あの頃の30歳代だった人は今は40歳代です。

しかしこのコミュニティは数以上に活発で、札幌や福岡では定期的にイベントや勉強会が開催されているようですし、名古屋でもそのような動きがあるようです。昨年には福岡で、今年の10月には札幌でユーザー主体のMTDDCが開催されます(私も参加します)。MTQの質問にも積極的なコメントがついており、ユーザー数は少なくても発言は活況です。

ところで8月3日のMTDDCの懇親会の Lightning Talk で、MTコミュニティを震撼?させるできごとがありました。広島から参加の17際のMTer(えむたー)が発表されたのです。

「Movable Typeの空白をなくすためには」って、マジで最初は"MTコミュニティの世代の空白をなくすためには"に空目(空耳)しました。そのくらいのインパクトがありましたね。今後もこういった若い力が育ってくると面白いと思います。

MTOSはWordPressの夢を見るか?

さて、話を戻します。MTOSは継続して提供されます。バージョンは5.xですが。MTはテーマやプラグインが多数生まれていて、プラグインなんかについても"公式"サイトで半ば公認されているようなソフトウェア(例えば WordPress のような)になることはできるのか? そのために必要なことは、もっとコミットメントへの敷居を下げる必要があるように感じます。作成したテーマやプラグインが公式サイトで検証の上掲載されるとか、もっと気軽にコミットや実験のできる派生版のMTを作るとか、そういう土壌を作って行かないといけません。そして、その動きがオリジナルのMTに影響を及ぼすような、そんな未来はくるのでしょうか。

今回のプラグインディレクトリやテーマディレクトリのリニューアルは、その布石でしょう。尚、MTOSユーザー会はMTOSが継続提供された場合、もしくはされなくてもなのでしょうが、プラグインディレクトリのメンテナンスを受ける用意があることを表明済みです。こういったところから、コミット権を少しずつ渡して行くという手もあるでしょう。

MT6はEnterpriseの夢を見るか?

ライセンスについてのもうひとつの変更点、6万円の5ユーザーライセンスが廃止され、商用ライセンスは無制限ユーザーの9万円(税別)の一本になりました。

これは、何を意味するのか? 特に中小のWeb制作者からは"実質の値上げ"ととらえる向きもあるようで、Twitter等でも声が上がっています。想像していたより少ないですが(少ない理由の一つは、Facebook グループというクローズなところでディスカッションしていたことも関係しているでしょう)。

「今回の発表を受けて、MTはエンタープライズ版にシフトしていくのかなぁと感じがします。」

当事者として、正確な表現をします。MTはエンタープライズにシフトはしているのではありません。正確には"エンタープライズ市場がMTにシフトしていっているのです"。

以前からたびたび発言していることではありますが、CMSというのは不思議なマーケットで、無料のもの、オープンソースのものが多数使われている一方で、数百万、導入コスト含めるとスタート時点で1千万円〜という商用製品も存在します。その間を埋めるものは比較的少ない(そこを埋めるのが PowerCMS なのですが)。ところが、継続してコスト低下圧力がかかるのがこの業界の常でもあります。"12万円(9万円)のMTでもできるんじゃない?"といったケースが実際に増えているのです。MTでできなくとも、例えばPowerCMSでできるのではないか? というものです。そうなると、要求は高度化し、大規模化していきます。先日のこと、当社からMTへのフィードバックを起こしたのですが、「10万件を超えるユーザー(MT::Authorオブジェクト)のインポートに時間がかかりすぎる(カスタムフィールド数が多い場合)」というものです。この問題は最新版で修正されており、現在のMTでは10万件を超えるユーザー情報のインポートに一時間もかかりません。

これは、何を示唆しているか?
MTの使われ方が(PowerCMSを通じて、ではあっても)変わってきている。より大きな規模、つまりはそれをエンタープライズと呼ぶのでしょうが、ビジネスの現場ではこういう使われ方をし始めているのです。それに耐えうるエンジンであり、それをサポートできる体制が Movable Type には求められています。「小さくはじめて大きく育てる」がかつてのMTのキャッチフレーズでした。MTOS、個人無償、ユーザー数限定版、無制限ユーザー、Movable Type Advanced、そして PowerCMS のようなサードパーティ拡張...

その中でより上にフォーカスしていく、というよりも、逆です。"ニーズは高まっているのに、そこに対応できていない"。これが現実です。企業としてどこにフォーカスするのか、そう考えれば結果的には前述の「今回の発表を受けて、MTはエンタープライズ版にシフトしていくのかなぁと感じがします。」というのは正しいのかもしれません。

今回のライセンス変更、主に一部のテーマ、ライブラリのMITライセンスへの変更が意味することは、これらのライブラリの派生物、リンクするコード、改変物について公開の必要なく、且つ有償販売も可能になります。例えば Rainier、Eiger といったテーマに独自で作成したプラグインによって提供される機能を組み込み、あわせて販売する、といったビジネスが可能になります。

いずれにしても、これまで数百万円の商用パッケージを利用/選択されていたシーンであっても、「もう、これもMTでいいじゃん」という時代が今なのです。ましては時代はクラウド。オンプレミスでバカ高いインフラの上に数百万円のパッケージを入れて、という時代ではもはやありません

この話には続きがあります

MT6の正式リリースまではまだ時間があります。MTOSの行く末についてもシックス・アパートはユーザーと対話を続けると言っています。プラグインディレクトリもテーマディレクトリもまだβ段階です。PowerCMSのMT6対応版も現在進行中です。10月には何らかの区切りはあるにせよ、Movable Typeはこれからも継続していきます。そして、私は1ユーザーとして、またサードパーティ開発者として、ビジネスパートナーとして、これからも引き続きコミットしていきたいと思います。



このブログを書いている人
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野田 純生 (のだ すみお)

大阪府出身。ウェブアクセシビリティエバンジェリスト。 アルファサード株式会社の代表取締役社長であり、現役のプログラマ。経営理念は「テクノロジーによって顧客とパートナーに寄り添い、ウェブを良くする」。 プロフィール詳細へ