「Plain English」と「やさしい日本語」
公開日 : 2018-12-23 10:00:00
このポストは Webじゃないアクセシビリティ Advent Calendar 2018 23日目の投稿です。
※ はじめに、この記事の筆者である私は、Web制作・開発者の立場であり、言語教育や言語研究の専門家ではないことをお断りしておきます。
皆さんは、Plain English(プレイン・イングリッシュ)という考え方があるのをご存知でしょうか。
プレイン・イングリッシュ(英語: plain English, 「平易な英語」の意)は、明確さと簡潔さを強調し、専門用語を回避するコミュニケーション様式の総称であり、とくに法律を含む政府の公式発表等と関係したものである。
このページには、また、
2005年に起きたロンドン同時爆破事件の調査は、救急隊はつねに「プレイン・イングリッシュ」を使用すべきだと勧告している。このことは、ことばの冗長化が、幾多の生命を犠牲にしかねないような誤解を導きうるのだということを示している
とあります。災害発生時において、プレイン・イングリッシュが有効(必要)であるとの勧告がなされています。
たとえば、Simple English Wikipediaというウェブサイトがあります。
日本語版Wikipediaによれば、
シンプル英語版ウィキペディア(シンプルえいごばんウィキペディア、Simple English Wikipedia)は、フリー百科事典「ウィキペディア」の英語版であり、基本的にベーシック英語とスペシャル・イングリッシュを基にした約1500語の語彙を用いて執筆されている[1]。このサイトは、「学生や子供、学習障害にある成人など通常とは違うニーズを持った人々、または英語を学習中の人」向けの百科事典たることを目的としている。
とあります。実際にサイトのテキストを読んでみて欲しいのですが、英語が決して得意ではない私でも素直に読むことのできるレベルのテキストで書かれています。
さて、Simple Englishについてですが、以下から、米国証券取引所発行のハンドブックがダウンロードできます。
具体的に、どのような英語が Plain「でない」かというと、以下のようなものとされています。
- Long sentences (長い文)
- Passive voice (受動態)
- Weak verbs (弱い動詞 *)
- Superfluous words (余計な言葉(贅言))
- Legal and financial jargon (法的および財務的専門用語)
- Numerous defined terms (用語の定義が数多いことば)
- Abstract words (抽象的なことば)
- Unnecessary details (不必要な詳細・装飾)
- Unreadable design and layout (読めないデザインとレイアウト)
* 「弱い動詞」ですが、以下のような例が書かれています。
before | after |
---|---|
We made an application... | We applied... |
We made a determination... | We determined... |
We will make a distribution... | We will distribute... |
先のWikipediaのページによれば、英国では、「1946年、作家のジョージ・オーウェルが執筆した熱烈なエッセイ『政治と英語』において」とあり、アメリカでは「1978年(昭和53年)には、ジミー・カーター大統領が、大統領令を発令」とあり、決して新しい考え方ではないことがわかります。ちなみに、アメリカ政府は「plainlanguage.gov」という公式ウェブサイトで情報を提供しています。
Plain language makes it easier for the public to read, understand, and use government communications.
かんたんな言葉は、国民が公共の情報を読み、理解し、使用することを容易にし、政府とのコミュニケーションに活用します。
Plain English はどのくらい「plain」なのか?
このページからダウンロードした資料(米国証券取引所発行のハンドブックを参考に作成されたレポート)によれば、
- たとえば、小学校までしか卒業できなかった大人でも正しく理解できる文書。
- 英語がネイティブでない、海外から移民した人でも正しく理解できる文書。
このレポートでも取り上げられている、例えばオバマ大統領のスピーチなどは、日本人の目線でいえば、ほとんど中学生で習う英単語で構成されていることがわかる、とされています。
日本人の中学校での英語の学習時間と、日本語を学ぶ外国人の日本語学習時間
私たちは中学校で、どのくらいの時間英語を勉強したのでしょうか。少し調べたところによると、400時間前後のようです(50分の授業を週4回、1年を35週とした場合1年で約117時間、3年間で約350時間)。
では、日本語を学ぶ外国人の学習時間におきかえると、どうなるでしょう?
以下のページによれば、「日本語を勉強し始めて3か月以上6か月未満(学習時間400時間)の人の相当部分が到達しているであろう学習レベルで、日本語能力試験 N4をめざす学習者を想定しています。」とあります。
つまり、中学生レベルの単語、表現をマスターした日本人と、4級、日本語能力試験での N4がほぼ同等と考えられると思います。
日本における「やさしい日本語」
「Plain English」に相当する考えは、アメリカやイギリスに限ったものではありません。例えば、ドイツ連邦政府のウェブサイトのトップページのフッターには以下のように「GEBÄRDENSPRACHE(手話)」と並んで「LEICHTE SPRACHE(簡単なことば)」へのリンクがあります。アメリカにおける「plainlanguage.gov」のように、かんたんな母国語での情報提供を行なっているのです。
一方、日本には「やさしい日本語」という考え方があります。
やさしい日本語(やさしいにほんご)とは、簡易な表現を用いる、文の構造を簡単にする、漢字にふりがなを振るなどして、日本語に不慣れな外国人にもわかりやすくした日本語である。
減災のための「やさしい日本語」
1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災では、多くの在日外国人も被災したが、その後の調査で避難所やライフラインの情報を理解できずに、困難な状況に置かれていたことが判明した。在日外国人の母語は様々であり、災害が起こった時、すぐに多言語に翻訳するのは非常に困難である[1]。 そこで弘前大学の佐藤和之らは、旧日本語能力試験3級程度の日本語(小学校3年生の学校文法)で理解できる、吟味した簡潔な日本語「やさしい日本語」を研究、考案した。
ここでは、小学校3年生とありますが、先の「日本語を勉強し始めて3か月以上6か月未満(学習時間400時間)」とほぼ同じくらいのレベルを想定しているものと思われます。
このウェブサイトでは、『「やさしい日本語」にするための12の規則』を公開しています。以下に引用します。
- 難しいことばを避け、簡単な語を使ってください
- 1文を短くして文の構造を簡単にします。文は分かち書きにしてことばのまとまりを認識しやすくしてください
- 災害時によく使われることば、知っておいた方がよいと思われることばはそのまま使ってください
- カタカナ・外来語はなるべく使わないでください
- ローマ字は使わないでください
- 擬態語や擬音語は使わないでください
- 使用する漢字や、漢字の使用量に注意してください。すべての漢字にルビ(ふりがな)を振ってください
- 時間や年月日を外国人にも伝わる表記にしてください
- 動詞を名詞化したものはわかりにくいので、できるだけ動詞文にしてください
- あいまいな表現は避けてください
- 二重否定の表現は避けてください
- 文末表現はなるべく統一するようにしてください
「分かち書き」「カタカナ」「時間や年月日(和暦など)」といった日本語固有の特徴的なことに対する言及がありますが、そのほかの部分、例えば「1文を短くして文の構造を簡単にします」は Plain Englishにおける「Long sentences」にそのまま該当しますし、共通項が多いことに気づくと思います。
遅れている日本の取り組み
私がこの「やさしい日本語」についての日本での現状を多少なりとも知ったきっかけは、今年の2月に学習院女子大学で開催された『「〈やさしい日本語〉と多文化共生」シンポジウム』に参加したことでした。
このシンポジウムには、2日間に渡り400人以上の人が集まり、注目の高さがうかがえました。(さきにあげたWikipediaによれば)最初に考案されたのは1995年です。とはいえ、アメリカ政府やドイツ連邦政府のように「やさしい母国語」での情報発信は首相官邸のウェブサイトにも政府広報オンラインでもなされていません(追記: 政府広報オンラインのトップページは比較的やさしく書かれているとは思います)。
それでも、自治体レベルでは「やさしい日本語」での情報発信を行っているところも出てきています。
シンポジウムの件に話を戻しますが、この時に知ったのが「やさしい日本語」が役に立つのは実は外国人だけではない、ということです。例えば以下のような人。
- 知的障害を持つ人
- ろう児
やさしい日本語での情報発信といえば、NHKが開設・運用しているNews Web Easyというウェブサイトが有名です。NHKは外国人をターゲットにしているとのことですが(http://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/rd139/PDF/P20-29.pdf)、知的障害者に対する情報提供などを行っている団体の運営しているニュースサイト(以下は、一般社団法人スローコミュニケーションのウェブサイト)をみると、両者は非常に似通っていることがわかると思います。
両者を見比べると共通点は一目瞭然ですが、
- 一文を短く、1ニュースの文章量も短く
- すべての漢字にふりがなを振る
- 音声でのニュースの読み上げを提供
つまり、外国人のためのやさしい日本語と、知的障害を持つ人のためのやさしい日本語は異なるものではない、ということがわかります。
Web Contents Accessibility Guidelinesにおける「わかりやすさ」
さて、Webじゃないアクセシビリティ Advent Calendar 2018であえてWebの話をここでするのですが、Web Contents Accessibility Guidelines2.0には、4原則のうちの1つが「理解可能」なだけあって、以下のような項目があります。
3.1.5 Reading Level: When text requires reading ability more advanced than the lower secondary education level after removal of proper names and titles, supplemental content, or a version that does not require reading ability more advanced than the lower secondary education level, is available. (Level AAA)
3.1.5 読解レベル: 固有名詞や題名を取り除いた状態で、テキストが前期中等教育レベルを超えた読解力を必要とする場合は、補足コンテンツ又は前期中等教育レベルを超えた読解力を必要としない版が利用できる。 (レベル AAA)
「前期中等教育レベル」という耳慣れない言葉が出てくるあたりこのドキュメントの「自己矛盾」があるようにも思えるのですが(笑)、前期中等教育レベルとは、日本においては中学校教育を指します。このドキュメントはあくまでも母国語の教育におけるレベルを指していると考えられますから、さきほどの「中学生レベルの単語、表現をマスターした日本人と、4級、日本語能力試験での N4がほぼ同等」よりは、少しレベルが高いことになります。日本語なら、N3レベル。ということで、これは少しレベルが上がります。
昨今、「やさしい日本語」が注目をあびている一つの理由には、外国人訪日客の増加に加え、いわゆる「外国人労働者受け入れ法案」の存在があることは明らかだと思うのですが、実際に中学生レベルの英語をマスターした人が英語圏でスムーズにコミュニケーションをとり、現地で働けるかとなると、普通に考えれば、これは難しいでしょう。でも、受け入れる側が Plain Englishで接していただければ、話は別です。
日本においても、N3レベルとなると、それをマスターするのはなかなかに大変であるように思います。N4レベルで理解できるところまでわかりやすくした「やさしい日本語」で受け入れることで、新たに日本で働く人との共生ができる可能性が高まるのではないかと私は感じています。
アクセシビリティの文脈で「Plain English」や「やさしい日本語」が語られることはこれまであまりなかったように思いますが、たとえそれがWebであったとして、マークアップをどれだけアクセシブルにしたところで、またWeb以外のあらゆるコミュニケーションにおいても、どれだけ情報が提供されても、文章や言葉そのものに壁があれば、それは伝わらないわけですから、これはまさにアクセシビリティの問題であると考えます。
なお、余談ではありますが、個人的にW3Cに言いたいのは(自分で直接言えよ、は置いておいて)、Web Contents Accessibility Guidelinesにおいては、以下のようにしてはどうか、ということです。
- 前期中等教育レベルを超えた... についてを「AA」とする
- 初等教育レベルを超えた... についてを「AAA」とする
いずれにしても、英語を学ぶ日本人については中学校教育レベル、日本語を学ぶ外国人についても、N4レベル。このあたりを基準においた「Plain English」「やさしい日本語」でコミュニケーションをとるようにすることが、今、求められているのではないかと思います。すごく乱暴にまとめれば、「外国人や知的障害者に配慮するのであれば、小学校卒業レベルの母国語でコミュニケーションをとるのが有効である」ということかと思います。
などということを考えつつ、もしくは取り組みながら考えたこの一年でありました。以下の取り組みの背景というか、今年力を入れて取り組んだテーマの一つについて、ご紹介しました。
- アルファサード、機械学習による「やさしい日本語化エンジン」を開発。西日本新聞社のウェブサイトに試験提供
- アルファサード「やさしい日本語」で自治体のTwitter等を活用した情報発信を支援するサービスの提供を開始
明日は、jidaikoboさんの「全盲視覚障害者のボルダリング体験レポート」です。お楽しみに。