アルファサード株式会社 代表取締役 野田 純生のブログ


「Web時代の受託」を考えよう。


公開日 : 2008-09-19 19:50:34


受託ビジネスには先がないのか?、とかいう話題についてのお話です。もちろん受託にもいろいろあって、SIerさんの言う受託開発と私の属しているWeb(制作)系の受託では少々異なる事もあります(でも、ある意味で当社はCMSベンダーでもあると呼べなくもない、そんな立場です)。それでも各業界に共通しているところは多いんじゃないかと思って書いています。あくまでも私見です。そしてこれは特にWeb業界、特に中小のWeb制作系プロダクション、そして地方のWeb業界を考える上での私の意見でもあります。

なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?

あなたの会社は受託のWeb制作(システム構築でも良い)会社だとします。なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのでしょうか? 例えばコンペであってもそうなのですが、なぜコンペの参加要請をあなたの会社にするのでしょう?

これは会社によってもちろん違う筈です。そして、この問いにはっきり答えられ、且つその理由が誰が聞いても納得できる場合、それは良い会社だと思います。

例えば私が採用面接をする際、応募者の多くはこの業界で且つて他社で働いていた人です。もちろん会社のトップや経営にコミットできるポジションにいた人ばかりではありません。

それでも、例え一デザイナーであれ「あなたが以前(現在)いた会社のお客さまは、何故あなたの会社を指名するのですか?」という問いにはっきりと答えられない場合、その会社は良い会社ではないような気がします。

「なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?」というのは、会社の強みである以前にその会社の「受注のしくみ」そのものです。「受注のしくみ」が末端のスタッフにまで行き届いていれば、社員は受注の理由やしくみを意識した行動(仕事)が出来ます。

特に顧客との直接の接点を担当する人(ディレクターや営業に限らず、例えメール一通であっても顧客とのやりとりが発生する人すべて)にそこへの理解がなければ、「お客さまがあなたの会社を指名した理由・期待」に応えられない行動となってしまう可能性があります。「期待と違う」。

その理由は納得出来るものですか?

さきほど、「この問いにはっきり答えられ、且つその理由が誰が聞いても納得できる場合、それは良い会社だと思います。」と書きました。そう、理由を答えられるだけでは駄目です。

例えば、

「社長が〜〜出身で、その時に築いた人脈で仕事を受けている」

という理由はどうでしょうか? こういう理由は「理解出来ても納得出来ない」と私は思います。本当に良いものを作らなければならない時、付き合いを重視して発注しますか? 人は常に変わるものです。信頼関係は脆いものだし、お客さまと付き合いがあるのはあなたの会社の社長だけですか?

こういうものは、例えば「お客さまの社長の息子が受託の制作会社を作った」なんて理由ですぐにひっくり返ってしまいます。

実際は人脈はきっかけに過ぎなくて、仕事の中で信頼関係が築かれているのかもしれませんし、会社の強みを理解いただいているのかもしれません。

であれば、その強みとは何か? それが本来の理由である筈です。で、それは目に見えていますか? 見えていれば冒頭の問いに「社長が〜〜出身で、その時の人脈があって仕事を受けている」という答えは返ってきません。

なぜこんなことを書いているかと言うと、実はこのような理由を挙げる人(応募者)が意外と多いのです(事業撤退とか会社が倒産して転職活動をしているといった人も少なくありません)。

社長の仕事は営業ではない

社長や、社長を含む経営陣のトップ営業ってのは(小さな会社にありがちなことですが)経営層の本来の仕事ではありません。会社を回して行くために時には必要なことかもしれませんが、そういった営業に頼った経営は早晩行き詰まると私は考えています。

トップの仕事とは何か?

多分この業界に限らないと思うのですが、トップの最初の仕事は冒頭にあげた「なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?」をつくることです。もちろん、絵に描いた餅では意味をなしません。自社が持っている強みや弱みを理解した上で、あるいは強みを作るシナリオを描いた上で(シナリオには時間を捻出したり必要な資金を調達したり人材を調達したり育成したりを含みます)、「なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?」を作り上げます。

これが、「受注のしくみ」です。

そして「お客さまがあなたの会社を指名する理由」に応える力をつけるのです。そのためには当然「なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?」の本当のところを現場の末端の人間に至るまで、徹底して理解させなければなりません。

そう考えると、全員に理解(うわべの理解では駄目で、納得という言葉のほうが適切でしょう)させるためには、その「お客さまがあなたの会社を指名する理由」が分かりやすく明快である必要があります。また「その理由は納得出来るものですか?」という問いに自信を持って Yes! と答えられるものでなければなりません。

受注のしくみをWebにのせる

ここからWeb業界固有の話になります(やっとかよ!)。

「なぜ、お客さまはあなたの会社を指名するのか?」が出来て、その理由が納得できるものになりました。では、あとはどうやってそれを未来の顧客に届けるか、です。きっかけは人脈でも何でも良いのですから、人脈をフル活用して営業しても良いでしょう。世の中には「営業」というものがありますから、スーツの皆さんの出番です。様々な方法で営業攻勢をかけていけば良いわけです。

でも、やはりあなたの会社の主力製品はWebですよね。だったらそれをWebにのせていかないと嘘だと思うのです。Webで何かを解決するのが仕事だったら、まずは自社の何かをWebで解決すること。これが出来ないと嘘だと思います。

「紺屋の白袴」って言葉はこのブログでも何度か書きました。自社のウリが自社のWebにきちんと反映されていない理由は何でしょうか? お客さまの仕事で精一杯で時間がない? そうなのであれば、それをWebで解決しましょう。

例えば営業が飛び回ってるとか電話でアポをとって営業しているとしたら、Webで勝手に受注が飛び込むサイトにしてみましょう。既に付き合いのあるところから「仕事はくるけど忙しすぎて自社サイトの更新が出来ない」のだとしたら、より利益の高い仕事がくるような自社サイトにして、仕事を減らして利益を確保しましょう。

おそらく、これが出来ない理由の多くは、投資を伴うからです。受託型のサイト制作なんかでは(特に小さな会社の多くは)積極的な投資を行えない、というケースが多いと思います。例えばCMSのライセンス料は払えないからOSSのものを使う、とか。

でも、投資をしなければ改善しないのだとしたら投資すべきです。極論を言えば、Web制作を生業としている会社が外注して自社サイトをリニューアルしても良いわけです。

投資をすると必要な売上げが増える、とか、自社サイトにとりかかるとお客さまの仕事に手が回らなって売上げが追いつかないとか。どっちも鶏と卵の関係ですよね。前者の場合は、必要な売り上げが増えた分を取り返し、何かを改善するためにやるわけです。後者の場合も同じ。

少なくともお客さまは私たちの仕事(Webサイト)に対して投資しているわけです。自分たちはWebサイトに投資することの意義をわかっていないで仕事しているのでしょうか?

もちろん、人材への投資についても同じです。

捨てて、得る発想が必要

必要な売上げがあがらない時期が出てくるのが嫌ならば、必要な売上げを一時的に減らせば良いわけです。

例えば給料を下げる。従業員のモチベーション? いや、そうではなくて、いるでしょ? 会社を一番変えたくて一番給料の高い人が。潔く社長が自分の給料下げちゃえばいいんですよ。その覚悟がないから変わっていけないと思うのです。

もしくは一時的に仕事を断る勇気とかもそうです。より大きなものを得るために、何かを捨てなければ。

会社こそが「作品」であり社長とは映画監督兼プロデューサーのようなもの

私は最近こう考えています。社長の本当の仕事とは、「シナリオを書くこと、シナリオに必要なキャスティングをすること、必要な予算を確保すること」そして「監督としてシナリオを元に作品を作ること」。企画が悪くてシナリオが悪ければ作品は売れません。予算がなければ作品は作れません。もちろん優秀なタレントも必要ですが、シナリオがなくて勝手にタレントが何かを演じていても作品は出来ません。

別の軸で語られるテーマですが、受託のデザイナを「クリエーター」と言ったり、受託で制作した広告を「作品」と呼ぶのはおかしいんじゃないの? という話がありますよね。僕もある意味そう思います (そんなに拘らなくてもいいとも思いますが)。

さてそれでは、私たちにとっての作品とは何か? それは会社自身だと思うのです。別に自分が社長でなくても、シナリオに沿って自分の演技をしたことで全体として出来上がるもの。それが会社であるならば、それこそが自身の作品と呼ぶに相応しいものである。私はそう思います。

「シナリオ」の中に「Web時代」らしさを含ませる

で、結局受託がどうとかWebサービスがどうとかっていうのは、この「シナリオ」次第なのだと思います。まともなシナリオがなければ、それが受託であろうがなかろうが関係ありません。

そして、この「シナリオ」の中に「Web時代」らしさ(情報という財の新しさは、ほぼ限界費用ゼロで劣化なく無限に複製できるということ)をちゃんと含ませることが大切。

例えば、生産された財は、最も低水準なサービス財と同様、たった一人の顧客に届けられる。」という文章の一語を変えてみます。

加工された財は、最も低水準なサービス財と同様、たった一人の顧客に届けられる。」

それが必ずしもパッケージ製品である必要はないけれど、Web系の受託であればなおさらです。「フルスクラッチ」案件でも何らかのフレームワークを使ったり「シナリオ」を元に作られた再利用可能な自社のデータが使われているでしょうし、個々に度合いは違うにせよそれは「生産」ではなくて「加工」なのではないでしょうか(そうでなくとも、例えば「作るためのものを作ってそれを複製して売る」っていうアプローチもあります)。OSSの活用(やコミット)ってのもその一つだと思います(デザインも例外ではありません)。

そうした「Web時代」らしさの上にモノを作って行く受託ビジネスっていうのは十分に「Webらしい」し、それが受託ビジネスのひとつの利益モデルの確立の仕方ではないか? と私には思えるのです。



このブログを書いている人
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野田 純生 (のだ すみお)

大阪府出身。ウェブアクセシビリティエバンジェリスト。 アルファサード株式会社の代表取締役社長であり、現役のプログラマ。経営理念は「テクノロジーによって顧客とパートナーに寄り添い、ウェブを良くする」。 プロフィール詳細へ