駄文・雑文の最近のブログ記事

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2012年の一冊目。ネットのあちら側の「電子書籍の衝撃 "電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)" 」を読んだWeb系の人、電子書籍系の人、Amazonの中の人以外は読むといいよ(単純に読み物としても面白かった)。

この本は「(紙の)本は死なない」ではなくて「本屋」は死なない というところがミソです(ミソっていうか...[謎])。"本屋"と"書店"は違う。こっちの人(どっちだよ)の言い方をすると「本屋」は書店1.0、「書店」は書店2.0(注:こんなことは書いてないよ-ますますわけがわからんか...)。書店員や本屋の店主が「棚」のクリエイティブやPOPに拘り"書店発ベストセラー"を産み出すのが書店1.0だとすれば書店流? 出版業界的POSシステムのデータ重視、TUTAYAみたいなのが書店2.0とでもいうような。

この本は、そういう言い方をすれば書店1.0へのノスタルジーとでもいうような、「クリエイティブな本屋=いい本屋なんだ」という著者の思い入れが入っている一冊だとも言えると思う。でも、Amazonのような巨大なプラットフォームに乗っかって(AmazonでなくともAppleでもFacebookでもGoogleでもいいけれども)ビジネスを展開する小規模ベンチャーやフリーランスのWeb制作者、そう、この間言及したモバツイのモデルみたいなビジネスを展開する人にとってはこの本の視点は有用ではないかと思えるのです。もっとも、こういう風に何でもかんでもビジネスとして考えてしまうデジタル・ネイティブ、Web系ベンチャー思考と対局にあるような本を愛する人たちへの著者の愛を書き綴った本なんですけどね(実際は僕なんかデジタルネイティブなんかではなくて、著者の石橋毅史さんもこの本で言及されている「ひぐらし文庫」の原田真弓さんも僕と同世代のようですけど)。

紙の本が死んでも「本屋」の人たちの存在価値は死なないんだ、というのが本書のメッセージであると僕は受け取ったけれど、これは僕らのようなWeb時代を喘ぐようにして生きている人や会社が考えるべき価値の創造について書かれているともとれなくはないな、というようなことも感じることができた。ちょっと今読み終えたところでまとまってないけど(後でもう一回読んでみたいと思う)、僕ら(←誰だよ)にも活かせると思う考え方、感じたことを羅列してみよう。

  • ワインのAmazonがあったとして、ソムリエの仕事はなくなるか? なくならないんじゃないかな。
  • 「この本読んだよ。面白かったからお前も読んでみろよ」と息子に本を手渡すってのは行為だ。ジョブズに言わせるとユーザー体験。この本の最後で原田真弓さんが言っていることってそういうことじゃないかな、と思うのです。僕が去年読んだ数少ないフィクションものの小説は「下町ロケット 」で、面白かった。父が入院していた病院に読み終えた雑誌持って見舞いに行った時に「この本読んだか? 面白かったからやるよ」って言われた本。
  • 上述のように考えると、紙の本はもっと高い値段で装丁に凝った単行本中心で文庫や新書は電子になっていって、残った紙の本は"ギフト"としての存在価値が強くなったりとか、そういう形で残っていったりしないかな?
  • ソムリエ&ギフトって考えると、例えば意中の女性のFacebookアカウントとTwitterアカウントを教えて彼女に贈る本をソムリエにチョイスしてもらうサービスとか、そんなのだったら今でもニーズあったりしない?
  • そう考えると、例えば僕が月に書籍購入に3万円かけるとして(計算したわけじゃないけど)3万円を原田さんに預けたらどんな本をチョイスしてくれるだろうか? 僕はTwitterでもFacebookでも、もちろんこのBlogもあるし会社を通じた情報の発信もしてるわけで、過去のmixi日記とかの蓄積もあるし、僕が何ものであって今何を見ているか、何に関心があるかを理解するための情報はあるんだろうし。Amazonがアルゴリズムに基づいて提案してくる「この本を読んだら?」に対して、「人が自分を見て提案してくる本に数万円かけてもいいくらいの中小企業の社長向けのサービス」とか。中古のベンツくらい買える金があるんだから(俺は持ってないけどなw)、自分への数万円への投資とか、厭わない(でも、大概時間に追われている)人に向けた本のソムリエサービスとか。

「本屋」は人を呼ぶ呼称(Web屋と同じ)。リアルにオフィスや会社を持たないコワーキングとかフリーランス(奇しくもこの本の筆者がフリーランスじゃないか!?)という事実。そう考えると、彼女(原田さん)の掲げる8千円/日という売上げを上げるための手段はあるんじゃないの? インターネットを使うことで。でも、この本を見つけたのは本屋なんだよね。僕がふらっと行った本屋には「本屋について言及されている本や雑誌」が形成している「棚」があって、僕は奈良の実家から大阪に戻った時にその書店にもう一度立ち寄って数冊の本を買ったのです。その中には去年の6月の「BRUTUS(6/1号 - 「本屋好き」)BRUTUS (ブルータス) 2011年 6/1号 [雑誌] 」が含まれててその本には『「本屋」は死なない』の第6章で取り上げられている鳥取の定有堂書店の奈良敏行さんの取材記事が写真付きで載ってたりするんですね。そして、それを見て第8章で取り上げられている古田一晴さんの言うところの「本の系譜を見せる"棚"」というものに思考が繋がっていく。大阪の弁天町のたまたま立ち寄った一件の本屋にも、多分そういった「棚」があるんだと思う。この本を手に取っていなければ、もう一度弁天町の本屋に立ち寄ってはいなかっただろう(でも犬と猫が本屋にいるのは違うと思うぞ。俺は嫌いじゃないけどペットは苦手です)。

いずれにしても、年の初めに良い本を読んだと思える本でした。ウチらの業界の人には読んで欲しいな。A Happy Reading Year. 良い本との出会いは、いつでも良いもんです。

あけましておめでとうございます。2011年は3月11日のあの大震災、原発のこと、さらに円高、欧州の経済不安、タイの洪水という我が国にとっても世界にとっても激動の一年となりました。日本のインターネットシーンでは、Facebookの台頭、スマートフォン(モバイル)シフトが急速に進んだ年だといえると思います。アルファサードにとっては、PowerCMS 3のリリース、DynamicMTMLのシックス・アパートへの譲渡など、いくつかのトピックがありました。

さて、2012年。いつまでも下向いていられない、僕たちアルファサードとしては、仕事を通じて、また昨年のキャンペーンの結果少なからず寄附できたように、結果を残すことで社会に貢献できるようこれまで以上に真摯に仕事に邁進したいと考えています。

今年もより一層のご支援、ご指導の程どうぞよろしくお願いします。

さて、本題です。第9期上半期の期末会議で社内に向けてプレゼンした2012年のアルファサードの戦略キーワードは「Connect(コネクト)」でした。もちろん、「Connect=つなぐ」ってのは現在のWebが情報と情報、人と人をつなぐといった今やあたりまえになった事象を指す言葉ではありますが、ここでいうConnectはもうちょっとビジネスやしくみという面でのConnectを指します。 ※画像は会議のスライドの一コマです。

アルファサードは結局のところ、誰に、何を売っているのか?

12月はじめに書いたこのエントリーこの本よろしく「起承転結」の流れでご紹介してみたいと思います(非上場企業の戦略の話しなので数字や具体的に決定していることは書けないのではありますが...)。

起(コンセプト)

金を掘りに行く人たち(インターネット上での成功を目指すクライアント)にジーンズを提供するお店(パートナー/Web制作者)に対し、良質の商品(=製品)を供給し、ジーンズショップの運営ノウハウ(=技術サポート)を提供する。

上記は例え話ですね。そう、リーバイスの話しです(この話しの真偽は知らないんですけどね)。以下、改めて。

起(コンセプト)

インターネットにコンテンツを公開し、ビジネスしたい人(それを手伝う人=例:制作会社)に対して製品と技術サポートを提供する。

製品サポート、パートナーサポートをより充実させること、パートナー企業の利益向上に寄与出来るソリューション、サービスを投入すること。

サービスAとソフトウェアBをつないで(Connect)、"確実にあるが、決して大きくないニーズ"に応えるソリューションを提供する。
マーケットCとマーケットDでビジネスをしている人(会社)と人(会社)をつなぐ(Connect)。

売上げと利益目標を達成すること、及びパートナーの継続契約更新率目標を達成している。
そして、次期末(つまり10周年)を迎えられる目処、確信を得ている。

1月にリリース予定のPowerCMS SocialはCMSとソーシャルメディア、Zenbackというソリューション、Google Analysticsなどをつなぐ意味でConnectではあるのですが、こいつは実は本命? (本質?) ではありません。考えているのはその先、どちらかといえばもっとニッチなニーズに応えるものです(ごめんなさい、あんまりはっきりとしたこと書けてませんね。でも見ていてください。後で見たらきっと分かる筈です)。

僕は、常にアルファサードを「目から鱗」を提供できる会社でありたいと思っています。単に流行を追いかけたり他社の二番煎じをするようなそんな会社になりたくはありません。今年も「そう来たか!」というサプライズを業界に話題提供できるような、そんな1年にしたいと思っています。

改めまして、2012年。本年もよろしくお願いいたします。

P.S. "To be Professional."

会議の最後に社員のみんなにお願いをしました。3つ。うちひとつが"To be Professional."。プロになろうよ、といいたかったのですが単に横文字で格好つけた。僕がMT初めて触ったのって5年前。5年前は"MTわかりません"って言ってもそれで良かったけど、今"MTわかりません"っていったらどうですか? "ご冗談を..."みたいになるに決まってる。これだけ変化の激しい業界、世界にいるんだから会社に入った時や学生時代に勉強したかどうかなんていうスキルとか、どうでもいいし。会社にくる時点で"モバイルサイトはやったことないんですよ""インフラは専門じゃなくって"とか、どうでもいいよ。僕は何かにかこつけて経験者を高い給与で引っぱってくるつもりはないです。俺たちが学ぶし、俺が仕事を教えて行く。だから、君たちもそのつもりでこの一年一緒に頑張ってくれ、ということを伝えたかった。

そう、だから、お前たちにもね。今年も宜しくお願いするぜ!

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※技術評論社様より献本いただきました。ありがとうございます。

僕が"えふしん"さん(藤川真一さん)とはじめてお会いしたのは(多分)2007年7月のことでTwitterをはじめたのは2007年7月28日のことです。何故はっきり覚えているかというと東京で行われた【第14回】 WebSig会議「Movable Type 4のポテンシャルを探る」にスピーカーとして読んでいただいた時に何だか主催のWebSigのメンバーもスピーカーの面々も"Twitterってものがあって、みんなここで繋がってるよ"みたいに教えてもらって行きの新幹線の道中でつぶやきはじめたからです。今日現在で12,927Tweetということは1日8Tweetしてるんですね平均して。1,017フォロー1,028フォロワーってのが今の僕のTwitterでの状況? です。

プラットフォーム上でサービスを展開し、収益を得るということ

この本を読み出してほどなく興味深いブログ記事を目にしました。

ブログでメシが食えるか、という非常に興味深いポストをされたのは新野淳一さん(僕は多分お会いしたことはありません)。

ブログメディアの可能性

Publickeyはブログという小さなメディアの可能性を広げていくことも目指しています。いまや、誰でもネットの上でブログというメディアを立ち上げることが可能になりました。その小さなメディアでどれだけのことができるのか、影響力はどうなのか、大手のメディアと差別化できるのか、ビジネスとして成立するのか。そうしたことをPublickeyを通じて確かめつつ発展させていきたいと考えています。

えふしんさんはモバツイッターというWebサービスをひとりで運営されて現在は会社を立ち上げられています。新野さんはブログメディアを個人運営されてこの一年はとりあえず食えたとおっしゃっています。両者のやっていることは違うのですが収益については両方とも「広告」です。Google AdSenseという共通項はありますが、Publickeyのほうは直接クライアントから広告を得るというモデルが中心、えふしんさんのほうもAmazon EC2への移行時にドネーションを募っていてこれが少なからず集まったと書いておられます。Googleが提供するAdSenseというプラットフォームは確かに導入も楽だし一定の収入を得るための敷居は低いですが、それだけで食えるというレベルに行こうと思ったら少々のレベルでは無理です(僕も広告貼ってますから、どのくらいのPV集めたらどのくらい収益があるかとかはわかってるつもり)。

モバツイッターの場合はユーザー数100万人ということですから、少人数の会社のメンバーが食えるようになったという点で希有な存在だと思います。Publickeyもまぁ、希有な存在ですね。アルファブロガー・アワード2010を受賞されてるのですから。ただ、両者とも少人数、もしくは個人が食えるレベルのビジネスモデルです。Google、Twitter、Facebookといったプラットフォームの上では成功したとしてもこのくらいです(このくらい、ってのは決して悪い意味ではなく、規模感の話しとしてこれだけ当たったサービスでも少人数のベンチャーが食えるくらいの収益しか出せないんですね。Publickeyは直接広告出稿を募っていますがAdSenseの売り上げは71万9571円だそうです)。

では、TwitterやFacebookで僕が繋がっている数多くのWeb業界の人たちはどうやって食ってるかといえば、圧倒的に受託開発です。企業から委託されてWebサイトやサービスを開発しています。受託やってる人(僕も含めて)ってのは納期直前の半分徹夜の状況や何らかのミスや瑕疵などをおこしてクライアントに土下座(!)しにいったりすると"Webサービスで食えたらいいなぁ""自社メディアで食えたらいいなぁ"みたいに思ったりしたことの一度や二度はあると思います。それでもこの程度。ただ、この程度とはいっても(モバツイの場合)100万ユーザー抱えて会社立ち上げてるわけです。これ、すごいことですよ。

プラットフォームビジネスのリスクとこれから3年後に向けて

ここはらはPublickeyの話しは外れてモバツイッター限定の話しになります。僕もある意味でプラットフォームビジネスを展開しているわけです。Google、Twitter、Facebookではなく、Movable Typeというニッチ? なプラットフォームではありますが。プラットフォーム上のビジネスは常にプラットフォームの動向に影響を受けます。そういった意味で自分たちのコントロールだけで未来を描くことができない。そしてプラットフォームはGoogle、Twitter、Facebookだけではなくてモバイルの世界ではDoCoMo、AU、Softbankもプラットフォームです。今急激に進んでいるスマートフォン・シフトはここらへんの従来型モバイル・ビジネスモデルを変えて行くでしょう。えふしんさんもそういったことを書かれています。

現状、携帯電話のみにサービスを提供する企業はPCユーザー層にはあまり興味を示しません。携帯電話しか使わない若い年齢層がメインターゲットなので、年齢層が高めのPCユーザーの好みとは相いれないサービスが多いからです。(中略)
今後、これらは急速に変化していくものと考えられます。最大の理由は、携帯電話のネットワークがスマートフォント同じネットワークに変化していくことを求められるからです。

えふしんさんは相当に危機感を募らせていると思うのです。てか、経営者ってのはそういうもんです。なので、手を打つのですね。

3年後なんて、わからない

結局「わかんない」なんて、結論のあるかないかよく分からんエントリーになりましたが、僕もえふしんさんがモバツイッターをリリースされたほぼ同時期に、ソフトウェアパーッケージビジネスという新しいチャレンジをしました。当たらなかったプロダクトもありますけど、それなりに当たったプロダクトがあって、会社や僕を取り巻く状況、収益モデルは変わってきました。Twitterをはじめた4年前あたりでは考えられなかった変化です。僕自身は最近、Facebookの滞在時間が増えてきました。心持ちTwitterに滞在している時間が減った気がします。結局のところ、3年後なんてわかんない。でも、この本は"とにかくやってみた"記録があります。3年後の自分を作るのは今の取り組みです。えふしんさんは次の1年、2年、3年に向けて次のアイデアや企画を熟考して既に行動にうつしている筈です。でも、ここについてはこの本には書いてありません。どこを向いているか、布石? については読み取れますけどもね。

なので、そのあたりの話しは今度えふしんさんと飲みに行って聞き出すことにしますw

昨日の続き。

ソーシャルシフト

※写真と本文は直接関係しません。現在読んでいるのでこの本のことについてはまた別エントリで書くかもしれません。

検索可能なオープンなコンテンツ

昨日のエントリでは、

ブログなど「タイトルのあるメディア」はTwitter、Facebookのような「タイトルの無いソーシャルメディア全盛時代」にも役割があります。

というようなことを書きました。

「タイトルのあるメディア」に加えて書けば、ブログは「検索されるコンテンツ」であるとも言えます。ウチの父親にとって、ブラウザを立ち上げた時に初期表示されるコンテンツはYahoo! Japanでしょう。たぶんこれは一生変わらない。新しいマシンを買ってあげたとしても、Yahoo! Japanが初期表示されるようにしてくれ、と言うんだと思います。

TwitterであれFacebookであれ、検索精度、検索機能がGoogle並みに進んでいて、タイトルのあるブログのようなコンテンツを投稿できるような機能があれば(もうひとつはデザインやマークアップの自由度ですがここではそれには触れません)それらを飲み込むこともできるとは思います。現状そうなっていないだけの話しですが(Facebookに「ノート」はありますが)。検索には「ドメイン」の価値も関係しているわけですし。

「タイトル」というキャッチコピーのチカラ

タイトルのあるコンテンツはシェアしやすい。「タイトル」というキャッチコピーの価値はまさにこれです。Twitterで僕がフォローしている コピーライッター @copy_writter さんのTweetが良くリツイートされていることからも分かる通り、良質なブログ記事タイトルはシェアのきっかけになります。統計とってないけど、FacebookでシェアされるコンテンツにはFacebookでの近況なんかではなく、外部のブログなんかのコンテンツがまだまだ多いんじゃないかと思うのです。これは、TwitterやFacebookでシェアされ伝播して行くコンテンツについてもその一次ソースは外部のブログ等のコンテンツであることを示します。その伝播する、TwitterやFacebookの最初のシェアが検索経由かクロスポストかはわからないですが、そういうまとまった考えをポストするのには現状のFacebookやTwitterは向いていない。昨日のポストで「タイトルはコピーライティング」と述べましたが、まとまった、それなりに価値のあるコンテンツにキャッチコピー(タイトル)をつけたものがブログ記事です。コピーの力をあなどってはいけない。

タイトルのあるメディア=構造化テキスト

また、ブログ記事についてはタイトルがあるだけではなく、見出しがありリンクがある。TwitterのひとつのつぶやきやFacebookのポストに対してこちらは「構造化テキスト」です。「構造化テキスト」は単なるテキストではありません。そしてこいつもまた検索精度や順位に影響を及ぼします。

ソーシャルでファンを増やしシンパシーを抱かせるきっかけとしてのブログ記事

現時点でのブログというメディアの価値はそういったところにあるのではないかと思いますが、人々のWebへの接点の軸足がTwitter、Facebookに移っていったとしても、そのTwitter、Facebook上でより多くの人とつながったり、ファンを増やしたりシンパシーを抱いてもらうためには結果として「価値のあるコンテンツ(現状のそれは、デザインもマークアップも含めたキャッチコピー付きの構造化テキスト)」が寄与しているのです。もちろん、デザインのファンになることもあるでしょう。現状ではブログや自社ドメインのサイトのデザイン表現の自由度にTwitterやFacebookは叶いません。

僕自身最近少し幅を広げてブログ記事を書くようになっているのですが、TwitterでのフォロアーやFacebookでのつながりやシェアされることがブログを書いていなかった頃より増えている気がします。Twitterが流行した時に「ブログは死んだわけではなく、Twitter等との共存や補完」という表現を使っていた人もいたと思いますが、Facebook、Twitterと共存、補完でもなくむしろFacebook、Twitterでのファンづくりやつながるためのブログの活用と考え方を切り替えてもいいと思います。

※コメント、トラックバックは死んだのかなぁ...とは思わなくもないけれど。

何となく腑に落ちたのです。Zenback プロダクトマネージャーの壽さんの話しを聞いていて。

Blog記事においては、タイトルがとても大切。

という話をされていたのです。僕もそれには同意します。ブログ記事書く時にタイトルが先にあって書くことよりもテキスト書き終えてからタイトル考えることのほうが多い。あるいは書き終えてからタイトル変える、見直す。で、その時に思ったのです。

TwitterとFacebookでの発言にはタイトルがない。

既に語られていることかもしれませんが、140文字であるとか実名制とかいうよりも、こちのほうが本質なんじゃないかなと思ったのです。タイトルがないことが発言の敷居を下げている。もちろんmixiなんかも(かつては日記、そしてコミュニティのスレッドが根強いのではありますが、コミュニティにしてもスレッドはまずタイトルありきです)今はTwitter的に発言流せるようになっていますが、基本日記にはタイトルがあります。ブログもしかり。

この、タイトルってのが重い。コピーライティングです。まとまった文章に適切なタイトルを付けて記事や日記として公開する。タイトル次第で反応が大きく変わってくる。

「AISAS」から「RSAE」へ

ソーシャルメディアのマーケティングモデル

「タイトルがない」がデフォルトのTwitterやFacebookによって何が変わったか。「AISAS」から「RSAE」へ(※「RSAE」ってのを真面目に提唱しようとしているわけではありません。そういうのは偉い人がやってくれたらいいし)。つまり、「AISAS」ってのは、『注目して、興味を持ったら検索して、購入したら、シェアする』みたいな話しです。2005年くらいの話しですかね。いわゆる「ブログ」全盛時代のモデルです。

Twitter/Facebookのような「タイトルのないソーシャル」時代では、「購買」の前に「シェア」しちゃう。買う前に「欲しい」の段階でシェアしちゃうわけです。

あー俺これ欲しい。いいね!

製品を購入した人が製品のレビューをじっくりブログに書くのではなく、「欲しい」と思った瞬間にシェアしてしまう。これが一番の変化じゃないのかなと思う。で、さらにマスメディアとネットメディアが逆転してしまう。「Twitterで話題の商品」とかいって、それがテレビで紹介されたりしてさらに伝播、シェア(共有)されていくのです。

ブログ/mixi/Tumblrは基本、「タイトル」を必要とするメディアです(でした)。タイトルの無いソーシャルメディアはどんどん人をせっかちにしていきます。購入前に「シェア」です。ソーシャルメディアのマーケティングモデルが変化している原因は「タイトルの無いメディア」、変化のポイントは、購買よりも先に「シェア」なんだ。でも「タイトルの必要なメディア」が無価値になったわけではなく、これらは「タイトルの無いソーシャルメディア全盛時代」にも役割があります。これについては、次回書きたいと思います。

※追記 : 書きました。

WebSigの件の話の続き。MTCafeに行っていたので参加出来なくて残念でしたけどスライドが公開されていますね。これ見るだけでも僕には充分熱いものが伝わってきます。

メンバーズさんくらいの規模の会社が「変わる」ってそう簡単じゃないですよね。徹底的に考え抜いたのでしょう。素晴らしい。

直接関係ないんですが、以下の話を読んだ時に感じたものと(違和感)通じるのですが(TBSの話じゃなくてSI業界の話です)、僕は常々「会社を大きくせずに、会社を強くする」と言っています。この業界で強くあり続けるためには変化は避けられないですよ。変化する時に個体が大きかったら変わりにくくなるんじゃないの? てのが違和感なんですよね。どうして大きくなろうとするんだろう(教えて偉い人)。

最近気になっている「脆弱な戦略」の例をもう一つ

僕が関係している受託ソフトウェア業界(SI業界)では、ここのところ、大型合併が多い。売上3,000億クラブ、5,000億クラブ、などという自動車業界の様な話も聞く。

合併時のコメントを見ると
「受託ソフトウェア業界は競争がシビアになってきたので、体力がある大企業しか生き残れない。生き残るために合併する」
というようなものが多い。

でも、「大きいことは生き残りに有利である」というのは、あまりにも脆弱なロジックだと思う。

別に小さくなるって、人員削減して(敢えてリストラとは書かない)小さくなるとか事業所廃止してとかを指しているのではないです。変化する時は組織がコンパクトな方がやりやすい。むしろ合併より会社を分割して、事業単位を小さくしてそのユニット単位で違う方向へガラッと変化していく、新しく進みたい方向へ舵を切って行く、みたいなのがいいんじゃないかな、と思うのです。まぁ、僕は零細Web事業者で当事者ではないので本当のところはわかりませんが。

組織の最小単位は1名です。「Web屋やめてラーメン屋始めました」ってのは極端な例ですが、これは、できる。できますよね。「夫婦2名でやっているデザインプロダクション廃業して喫茶店始めました」これも、できますよね。

確かに資本力、資金力なんかの体力があれば会社は簡単にはつぶれません。赤字だろうと資金があるうちは会社は潰れない(逆に黒字でも資金がショートすれば潰れます)。でも、会社が存続するってのはただひとつ「持続して利益を出し続ける」これしかありません。

従来型の仕事のスタイルで1年2年で立ち行かなくなるってことはさすがにないと思いますが、今Web/ITは変化を続ける小さな会社の時代」なんじゃないかなって思います。

ウチの会社も今期、来年、変化しようと全力で取り組んでいます。アルファサードの戦略が「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」なのかどうか、常に自問しながら走り続けて行きたいと思います。何だか年末のご挨拶みたいになっちゃいましたが、今年もまだまだ働きますよ!

スライドで紹介されていた書籍は、今読んでいるところです。また感想等書くかもしれません。

追記: http://twitter.com/#!/junnama/status/144381631573135361

スマホ、ソーシャルがトレンドならば"不景気"も"円高"もトレンドだと考えれば良い。景気高揚に寄与する、クライアントのコストダウンやクライアントの業績向上に寄与できるサービス・商材を提供できるようにシフトすれば良いだけ。 よって"不景気"は言い訳にならない。

プレスリリース・ドリブンは強者の戦略

一見、なるほど、と思ってしまうのだがそこに落とし穴があるのだよなたぶん。1年前「プレスリリース・ドリブン」という言葉よく使っていたのですが、そうやって考えて作った製品やソリューションが必ずしもヒットするわけではないのです。この取材に対するコメントではそういうこと言ってた(まだあれから1年てのが信じ難い)。

業種業態や何で食ってるかによって変わるだろうけども、アマゾンですよ? アマゾン。プレスリリースの先頭には「アマゾン、FooをBarしたBuzの提供を開始」って、アマゾンがつくのですよあの「アマゾン」が。そのインパクトや裏側に含まれるハロー効果を侮ることなかれ。

アマゾンだって最初からプレスリリース・ドリブンじゃなかった筈だ。ネームバリューもない1ベンチャーがそんな考え方でうまくいくかい? だいたいプレスリリースでウケるネタってのは今が旬なわけです。今が旬な時点で遅いんですよ。少なくともそこから作るわけなんですから、その時点で遅れてる。今、Facebookビジネスに参入ですか? それ、大手が力任せに量で勝負するビジネスならありかもしれませんが、弱者だったら少なくとも2-3年前にスタートしてないと成功できないと思う。

DynamicMTMLはどのように生まれたのか

先日譲渡のアナウンスをしたDynamicMTMLが生まれた経緯なのですが、あれ、「こういうものを作ろう」「こういうもの作って、こうできるようしたら面白くない?」とも考えていなれば、プレスリリースも考えてない。ただ、コードを書いている時にひらめいたのです。最初にアナウンスしたのが2010年3月なのでちょうど2010年の冬のできごとだったと思います。

あの時のことはまだ鮮明に覚えてるけど、MT5が出た時にとにかくダイナミックパブリッシング周りが変わっていてPHPのコードを大きく見直さなければならなくなったこともありPowerCMS(ver.2)の開発が遅れていたわけです。そんな中で「会員サイト」部分のコードを書き直している時に「ログイン状態と権限を見て権限があればデータを返す、という一連の処理を書いている時に「ここでなんらかの記法に従ってデータを加工したり分岐が出来るようにしたら面白いんじゃね?」→「記法考えてみよう」→「記法あるじゃん(MTML)」という流れで思考が進んでいって、それで何ができるかってのは後付けです。最初からフレームワークやテンプレートエンジンを作ろうとか考えてたわけじゃないし、ましてや携帯対応、スマホ、マルチデバイスなんて考えていたわけじゃない。「静的なファイルの中のMTMLを処理する」なんて、たいした技量がなくても出来るし事実どっかの連中が真似してるわけですが(←真似ている時点で遅いんですよすでに)DynamicMTMLはそこにとどまりません。そして結果としてMTのマルチデバイス対応のエンジンに採用されたわけだから、わかんないもんです。

http://twitter.com/#!/junnama/status/68323998626353152

顧客が欲しいと言ってるものをつくる、と、顧客が本当は欲しかったんだけどうまく説明できなかったものを先んじてつくる、には天地程の違いがあるってこと。目から鱗ってやつだよ。クリエイティブってさ。

Six Apart Dayの自分のセッションの後、金子さんから投げられた質問(次々と新しいものをリリースするけどどう考えてそうしているか)についてうまく答えられなかったというか、あの場でお話ししたことは本質ではないです(あそこでパーフェクトな回答が出来たらカッコいいんだろうけど)。

みんなにあてはまるわけではないかもしれないけれど、僕(や、当社)の場合、「目から鱗」はたいていプログラミング・ファーストで生まれている。僕らが日々起しているのは「小さなイノベーション」だけれども、それは意外とコーディングの現場から生まれたりするものかもしれません。

PowerCMSを個人ブログで導入している奥脇さんがこんな記事(「MT関係書籍 + 緑の太陽ピンバッジ」3.11を忘れない。ミニキャンペーン)をアップされているので、触発されたと言うか、震災直後には考えていたことなんですけどね。

「緑の太陽」ウェブサイト

「緑の太陽プロジェクト」で販売している「緑の太陽ピンバッジ」(500円)の収益は、被災地への義援金として日本赤十字社に寄付されてきました。そして、今後の寄付先は、被害の大きい沿岸部の市町村を中心に、約半年おきに直接寄付されるようです。

奥脇さんがPowerCMSを個人サイトで導入されて驚かれた方も多いと思うのですが、実はカラクリがあって(許可を得て暴露しますとw)、あのときちょうど「東日本大地震の被災地への義援金の寄附について」ってことでライセンス売上げ全額寄附期間だったのです。その期間中にTwitterか何かで奥脇さんがPowerCMSを使いたい、みたいなツイートがあったので、期間中の売上げは全額寄附だから、ウチは今ライセンスで利益はいらないので、個人ブログということもあって「奥脇さんが個人的に寄附してもいいっていう金額の上限でいいよ1ライセンス提供で」ってことで(僕は家計からこれだけ寄附したけど奥脇さんはどう? みたいなやりとりで)導入いただいたのです(金額は伏せておきますw)。

貢献するやり方は色々あると思うのですが、僕は本業でしっかり結果を出して、もう一度このキャンペーンをやれるようにすることが自分なりのやり方だと思っています。アークウェブの中野さんなんかがやられている活動なんか、すげーなって思いますけど、ウチみたいな会社規模で数百万を寄附ってのも、それはそれで頑張って何とかしたい、を形にする動き方だと思っています。

提案。Web開発者が3.11を忘れずに、自分のスキルで貢献する方法。

さて、その時に何となく考えていたのですが、奥脇さんのエントリに触発されて、提案してみたい。MTに限らなくて、俺たち(開発者)にできること。

MTQというサイトがあります。Movable Type5のユーザーコミュニティです。このサイトには、MTについての情報交換に留まらず、様々な要望や、こんなプラグインがあったらいいな、ありませんかね、みたいな要望が上がっています。それが個人ブログの場合もあるでしょうし、ビジネスでサイトを制作している場合もあるでしょう。その要望をMTコミュニティのコアメンバー(荒木さんや藤本さんや奥脇さん、もしくはシックス・アパートの人、コミュニティの人)が次の日にはプラグインとして公開したりしています。でも難易度の高いもの、手間のかかるものは放置されたりもするかもしれません。

考えているのはこのような仕組みです。要望を出す人は、それにいくら払う意思があるかをあわせてアップするのです。「この課題の解決について、「緑の太陽バッジ5個、2,500円」」。同じくこの機能が欲しい人はコメントをぶらさげていけばいい。誰かがそれを実現してその結果に満足できたらそれを実行する(バッジを買うとか)。寄附の方法は問わないです。とにかく何らかの方法で寄附や貢献することを宣言して、開発者、俺たちはコードを書いてGitHubにあげるとか、GitHubじゃなくてもいいけど、とにかく要望をあげている人にそれを渡して、満足得られたらその寄附を実行してね、と。

ドメインの「green-sun-project」から考えた、とりあえずルールです。

  1. MTQに要望、欲しいもの、解決したい課題をアップします。
  2. URLを「#green-sun-project-mt」のハッシュタグをつけてTweetします。僕はこのタグを検索条件に追加しますので、いつもチェックしてます。
  3. 課題をアップする時は、それに対するドネーション、バッジを買うとか(別に他の方法でも構いません)、意思表示をします。
  4. 賛同する人は(俺もこれ、欲しい)コメントとして、ぶらさげます。
  5. それを俺たち(開発者が)作ります。公開します。それで満足する結果が得られたら、そのドネーションを実行してください。

ハッシュタグ「green-sun-project-mt」は「green-sun-project-wp(Wordpress)」とかでもいいと思うんですよ。コードをお金に換えて、それを復興に貢献する方向に役立てるって、そんなやりかたもあるんじゃないかな、って、そう思っています。このアイデア、どうでしょうか?

うん、基本的には僕はいいことだと思うよ。少なくとも悪いことだとは思わない。

就職活動に追われる大学生らが23日、東京・新宿駅周辺で「就活ぶっこわせデモ」をした。ツイッターやブログでの呼びかけに応じて集まった約100人が、「就活長いぞ」「卒論書かせろ」などと声を上げながら、約1時間練り歩いた。

※僕はこの記事を読んだだけで彼らの言い分をちゃんと聞いたわけではないのでその点はお断りしておきます。

既存のシステムや慣習に疑問を持つことは素晴らしい。そして何らかの行動を起すことも。何も考え無い奴なんかよりよっぽど素敵だと思う。

ただ、じゃぁどうなればいいのか、どうすればいいのかというメッセージが伝わってこない。そもそも、デモのタイトルが「就活ぶっこわせ」であることからして、どうなんだ? どうしたいんだ? と思うのです。

ぶっこわすことが目的ではなく、何か新しいものを創造したいのではないのかい?

スクラッップ&ビルド、もしくは既存のものをすっ飛ばして新しい何か、もっといいシステムがないものか、勉強もしたい、良い就職もしたい(「良い就職」の定義は様々でしょうが)、という風に考えれば、発信するメッセージもアプローチも(デモが良いのか? 他の方法はないか?)変わってくるかもしれない。

  • 何も考えていない奴は、何も行動を起こさない
  • 何か疑問を持って、でも答えのわからない者はデモを起こす、デモに参加する、あるいはシンパシーを抱く
  • 本当に考えてる奴、出来る奴は、問題の解決策や潜在ニーズに気づいて起業プランを練っている

既存のシステムが本当に間違っているのなら、そこには新しいビジネスの種があるんだよ。自分で作っちゃえばいい。何しろ自分自身が現場にいて、そのビジネスの顧客でもあるんだから。

起業せずとも、考えることは無駄じゃない

疑問に感じたら、もっと良いやり方はないか、とか、何故現状はこういうシステムになっているのかを考える癖をつけるといいと思う。そして、先生でも社会人の先輩でも、ネットを通じてでもいいから色んな人の話を聞いて、もしくは聞いてもらうといい。先輩や先生を論破できなくても、そうやって考えたことや教えてもらったことが将来腑に落ちる瞬間がくるかもしれない。頭で理解することと、「腑に落ちる」ことの間には大きな差がある。

僕はサラリーマン時代、良く上司や社長にたてつく人間だったけど、会社始めてから、サラリーマン時代に社長が言っていたことが立場変わってから腑に落ちたっての、ざらですよ。ちゃんと社長の話は聞いてたつもりだけど、結果としてはわかっていなかったんだよな当時は、みたいなことがたくさんあります。

だから、別に起業なんてリスキーなことやらなくてもいいから、せっかく疑問を持ったんだから「ぶっこわす」で止まってちゃもったいない。一方的に叫ぶだけじゃなく、疑問を持ったら考える、そしてぶつける先を変えてみなってことですね。

JR鶴が丘駅のポスター。2005年12月3日は長居の悲劇。

記事タイトルの「サッカーには人生のすべてがある」というのはサッカージャーナリスト貞永晃二さんのブログのタイトルをそのまま引用しました。ブログ記事を読んで涙が出たのは初めてかもしれませんが、今年は自分的にはサッカーで泣けるシーンが色々ありました(まだ今年もサッカーも終わっちゃいませんけど)。

なでしこJapanのW杯優勝はもちろんですが、松田直樹のこと。自分的にはACLの大阪ダービーでの勝利、その次の現代戦のホーム第一戦(3たび追いついて、逆転)とか。うしろの二つは泣いたわけじゃないですけど。

泣けたブログ記事ってのはこれ(レヴィーとガンジー: サッカーには人生のすべてがある)で、僕のブログをサッカーファンが読んでいるとは思えないので補足すると、レヴィー・クルピはJリーグセレッソ大阪の監督。香川真司や清武弘嗣といった現在の日本代表の中心メンバーを率いて5年、その間J2からJ1への昇格、ACL出場、それ以前にも1997年にセレッソ大阪の監督を務めている。

一方のガンジーってのは名前ではなく愛称。白沢敬典通訳。クルピの通訳だからスカパーとかで試合後の監督インタビューなんかでテレビなんかでも良く顔が出ていました(ガンジーさん、てのはその風貌からなんでしょう)。5年という歳月もともかく、監督を庇って自分が退場処分になったりというエピソードもあるように熱い人で、選手にも愛されていたんでしょう。まぁサポーターも含めて(ボロ負けしても声援送ってるんだから...浦和だったらどうなるか(ry)このチームは何だかファミリーのような雰囲気があります。

「・・・セレッソのサポーターの皆さんは、長いサッカーキャリアのなかで、一番あたたかいサポーターでした」 ここまで訳すと言葉が途切れてしまう。 
 涙を必死にこらえるガンジーさん。 「すいません」と謝って、再び訳し始める。 「マイホームとも思えるような雰囲気で、常々仕事を・・・」ここでまたつかえてしまう。  そんな彼を見ながら、帽子で顔を隠しながら涙をぬぐうレヴィー。   ガンジーさんに、落ち着けよと言うように背中に手を回すレヴィー。 また訳を続けるガンジーさん。 再び声をつまらせると、今度はガンジーさんの頭を撫でるレヴィー。 
 「・・・マスコミの皆さんにも、本当にお世話になったこと、改めてお礼申し上げたいと思います」 嗚咽しそうになるのを懸命にこらえて話し始めようとするガンジーさんのおでこにキスをするレヴィー。

いや、泣けました。最近はウォーキングというか、会社帰りに結構な距離を歩いてるのですが携帯で何度も読み返したり。

今日見たら続編がアップされてました(レヴィーとガンジー その2: サッカーには人生のすべてがある)。

ポルトガル語が全く分からないので、あくまで推察なのだが、コメントの中でレヴィーはガンジーさんに対する感謝の言葉を送っていたのかもしれないなと、今思っている。 それもあって、感極まったのかなと。 でもとにかく、いいコンビだった。

まぁ、何ていうか本当に駄文・雑文ですが、この記事に貼付けた画像は2005年12月3日の"長居の悲劇"を忘れねーぞ、というJR鶴が丘駅のポスター?です。去年の躍進と対照的にJ1では12位と今季は低迷していますが(ほんとうに上り下がりが激しいチームです)天皇杯ではまだ勝ち残っています。元日まで勝ち残ってクルピにタイトルを、って、実現したらそんときゃ本当に国立で涙するかもね。

P.S.これまたどうでもいい追記ですが

だから、2008年、例の昇格を逃した試合直後の挨拶での 「アズキ」開店話は、さぞかし困惑したんだろうなと思い返している。

 

これ、J2からの昇格をギリギリ逃した2008年の最終戦後の挨拶で、何を言い出すかと思ったらブラジルで日本料理店をオープンしたとか何とかいってひんしゅくと言うか笑いを誘った一件のことです。タイトルとったらブラジル行ってレストラン行って飯奢ってもらおう(笑)

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