疑問を持つこと、行動すること、考え抜くこと

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うん、基本的には僕はいいことだと思うよ。少なくとも悪いことだとは思わない。

就職活動に追われる大学生らが23日、東京・新宿駅周辺で「就活ぶっこわせデモ」をした。ツイッターやブログでの呼びかけに応じて集まった約100人が、「就活長いぞ」「卒論書かせろ」などと声を上げながら、約1時間練り歩いた。

※僕はこの記事を読んだだけで彼らの言い分をちゃんと聞いたわけではないのでその点はお断りしておきます。

既存のシステムや慣習に疑問を持つことは素晴らしい。そして何らかの行動を起すことも。何も考え無い奴なんかよりよっぽど素敵だと思う。

ただ、じゃぁどうなればいいのか、どうすればいいのかというメッセージが伝わってこない。そもそも、デモのタイトルが「就活ぶっこわせ」であることからして、どうなんだ? どうしたいんだ? と思うのです。

ぶっこわすことが目的ではなく、何か新しいものを創造したいのではないのかい?

スクラッップ&ビルド、もしくは既存のものをすっ飛ばして新しい何か、もっといいシステムがないものか、勉強もしたい、良い就職もしたい(「良い就職」の定義は様々でしょうが)、という風に考えれば、発信するメッセージもアプローチも(デモが良いのか? 他の方法はないか?)変わってくるかもしれない。

  • 何も考えていない奴は、何も行動を起こさない
  • 何か疑問を持って、でも答えのわからない者はデモを起こす、デモに参加する、あるいはシンパシーを抱く
  • 本当に考えてる奴、出来る奴は、問題の解決策や潜在ニーズに気づいて起業プランを練っている

既存のシステムが本当に間違っているのなら、そこには新しいビジネスの種があるんだよ。自分で作っちゃえばいい。何しろ自分自身が現場にいて、そのビジネスの顧客でもあるんだから。

起業せずとも、考えることは無駄じゃない

疑問に感じたら、もっと良いやり方はないか、とか、何故現状はこういうシステムになっているのかを考える癖をつけるといいと思う。そして、先生でも社会人の先輩でも、ネットを通じてでもいいから色んな人の話を聞いて、もしくは聞いてもらうといい。先輩や先生を論破できなくても、そうやって考えたことや教えてもらったことが将来腑に落ちる瞬間がくるかもしれない。頭で理解することと、「腑に落ちる」ことの間には大きな差がある。

僕はサラリーマン時代、良く上司や社長にたてつく人間だったけど、会社始めてから、サラリーマン時代に社長が言っていたことが立場変わってから腑に落ちたっての、ざらですよ。ちゃんと社長の話は聞いてたつもりだけど、結果としてはわかっていなかったんだよな当時は、みたいなことがたくさんあります。

だから、別に起業なんてリスキーなことやらなくてもいいから、せっかく疑問を持ったんだから「ぶっこわす」で止まってちゃもったいない。一方的に叫ぶだけじゃなく、疑問を持ったら考える、そしてぶつける先を変えてみなってことですね。

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このページは、Junnama Nodaが2011年11月26日 14:18に書いたブログ記事です。

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