2004年12月アーカイブ

2004年。

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今年もあと1日と少し。仕事はまだ終わっていないけど、お客さんから電話がかかってくるわけでなく、仕事のメールもほぼ来ない(1人だけまだ送ってくる人がいるな...)ことから、ようやく今年も終わりか...の実感がわいてきた。

余裕を持って振り返るなんてことはまだまだできないけど、今年はどんな年だったかというと...

  • 会社のスタートが昨年の11月だから、実質この1年がスタートの1年だった。
  • 年賀状を数えていて気づいたのだが、去年より120通ほど増えている。この1年で120人以上の方とお会いしたわけだ。3日に1人の割り合いで誰かと名刺交換していた勘定になる。
  • 仕事は、まずまずといっていいかもしれない。でも、まだ始まったばかり。始めることよりも続けていくことの方がずっと大変であるから、来年はさらに気を引き締めて。
  • 大阪の仕事が比較的少ない。東京はともかくとして、滋賀・京都・兵庫では仕事があるのだが。特に東京と京都が増えている。一応、大阪の会社なのですが...大阪のみなさま、来年はひとつよろしくお願いします。

と、仕事中心の話しにどうしてもなってしまうのはしょうがないとして。

嬉しい誤算というか、元々あまり期待していなかったのにここへ来て急に多くなったのが、Webアクセシビリティ絡みの話だ。会社をスタートする時に、「Webスタンダード」は一つのキーではあったのだが、僕はコンサルタントになるのは嫌だったので、あくまでも「Webに付加価値を加える仕事を、企画と制作を通じて行う会社」という位置付けでいこうと考えていた。アクセシビリティにしても、ずっとやってるとそれが当たり前になるし、同じことをずっと言い続けるっていうのは飽きがくるし、自分が進歩しないような気がしてあまり前面に出すつもりはなかったのである。研究会なんかで喋るときでも、何年も同じことを喋ってると、もうそのことは聞いている人は当然分かっているだろう、という気持ちになってくる。

でも、決してそんなことはないのだ。少し考えれば当たり前のことなのだが、私ごときがちょっと喋ったところで、世の中の人が分かってくれるなんてことは無い。ただ、喋っている方は同じことを喋ることに抵抗があるだけである。

これが社会の要請ならば、まずはこの部分にきちんと応えること。

来年、まずはここからのスタートになる。

今年は色々とありがとうございました。>みなさま

来年もよろしくお願いいたします。

点字について調べていて知ったのだが、点字には(日本語の文章の中で)英語や数字を使う際に宣言(引用符?)のようなものがあるのだそうだ。

日本語だと思って認識していたら、急に英文が混じってきた...そんな時には明示されないと確かに混乱するだろうし、そういったことも意識してちゃんと設計されているんだね。

HTML(XHTML)における、

lang="en" xml:lang="en"

のようなものなのでしょう。最近の音声読み上げソフトは日本語英語が混在していても結構うまく読み上げるけど、ソフトを開発する側からすれば、やっぱり明示的に示されていた方が楽だよな。読み上げの際に正確さを期するならば余計です。

まだまだ勉強することだらけです。来年も頑張らなくては。

# とかいう前に、まだ今年の仕事が終わっていないのでした...

ごめんなさい。

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某方面の忘年会で、かなり醜態をさらしてしまいました。
こんなところで謝っても...なんですが、すいません。ごめんなさい。もうしません...

弱くなったのか疲れが出たのか、元々の性格の問題なのか...

とにかく、今日は反省。

もうそろそろ、そんな季節になって来ましたね。

ちょっと早い?

いや、年末のごあいさつもなかなかできそうにない感じなので(誰も読んでないだろうけど)、ここで書いておきます。

来年もよろしくお願いします。

誰のためのデザイン?

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小さな文字を使ってデザインすると「格好良く」見えるそうだ。
小さな文字を使うことによって「プロっぽく見せることが可能」らしくて、最近はあまり聞かなくなったけれど、最近また耳にするようになった。

アクセシブルを意識することは大切だけど、「本来のユーザー」へのブランディングを低下させないために、プロっぽいデザインを保つことが大切だ、ということのようだ。

小さな文字は、読みにくい。「年をとると見にくくなるんだよ...」という話は先日の某所の打合せでも出た。でも、あなたは「本来のユーザー」ではないから我慢してください、とでも言うのだろうか?

結局、そんなことでWebサイトのデザインが決定されるとしたら、不幸なのは誰?

不幸になんて、なりたくないね。

紺屋の白袴。

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「読者の心をつかむメルマガ発行術」の関連ページが私の心をつかんでくれなかったり、アクセシビリティに関するドキュメントのダウンロードページがアクセシブルじゃなかったり、セキュリティに力を入れているサイトなのに脆弱性が放置されていたり、といった例は業界にはゴロゴロ転がっている。

理由は簡単。それで食えるから...とか書くと、食うことばかり考えているように見られるのだけど、事実、「食える」ためにどうするべきかはいつも考えている。

小規模でもオンラインショップを開くために脱サラした人は、オンラインショップが如何に稼いでくれるかを四六時中考えているわけで、そんな人たちと向き合うのに、「食えるかどうか」が語れなくてどうして商売になりますか?

そう考えると、前述のような例は、僕にはどうしようもなくだらしないものに見える。「顧客に勧めるものは自社実践すべし」、は前職の会社の社長の言葉だけど、その通り。そうですよ、やっぱり。

それで食えるのは、顧客が現状それなりに妥協しながら発注しているからに過ぎないし、そこに気付かなければいずれ食えなくなる、と僕は思う。

真剣に顧客と向き合いたいと思う。「紺屋の白袴」は自分に向けての戒めである。

最近、忙しさにかまけて何か忘れていないか? どこかで手を抜いていないか?
どうだ? >俺

読者の心をつかむメルマガ発行術(Yahoo!ニュース - コンピュータ - japan.internet.com) という記事を見つけた。

読者の心を開かせるにはどうするのか。 からはじまって、「読者の視点でのメルマガ」についてあれこれ書いてある。この内容についてどうこういうつもりはないのだが(ないこともないが)、要旨はこうだ。

  1. このメルマガは、読みやすいレイアウトで編集されているかどうか。
  2. メルマガの中に、どこの誰がどのようなプライバシーポリシーでどの頻度で発行するのか記載されているか。
  3. 広告が多くあるメルマガなのか。
  4. 関心を失った時に「簡単にメルマガを解除できる情報」が記載されているか。
  5. メルマガ発行者の編集後記があるか。

プライバシーポリシーについては、登録した個人情報をどのように取り扱うのかが明確にされていないメルマガは、ちょっと心配になる。個人情報の取り扱い方に配慮が欠如しているメルマガは、今後、安心感と信頼性の面で問われることになるだろう。 という感じで書かれている。

最後に、「この続きは、 こちら から。」というリンクがあって...(実際は)「こちら」だけにリンクされていてアクセシブルじゃない、ということも思ったのだが、今回はそのことが言いたいのではなくて、その先、つまり クリックして表示されたページ(ダウンロード許可申請メール) のことが言いたい。

表示されたページのフォームに入力して、続きをダウンロードする、ということらしい。
「会社名」「名前」「E-MAIL」が必須項目としてあるのだが...

「プライバシーポリシー」が無い。

【追記】
良く見たら、あった。最初からあったのか後で追加されたのかどうかもわからない程さり気なく。
コメント欄に書いてある。クリックしても見られないような形でポリシーが記載してあるページが示してあった。リンク先にはお客様に安心と信頼を提供するために最善を尽くします。とある。最善って何だ?

ペルソナ?

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ペルソナ/シナリオ法というのがあって、いわゆる「ユーザビリティ」のお話で良く出てくるのだが、あるサイトの企画書を作る時に少し意識してみた。対象(ターゲット)を詳細に書き出してみたわけだ。
ターゲットの年齢、性別、住所、職業や家族構成などの属性をできるだけ具体的に書くことからはじめた。

ぺルソナ(冬ソナと響きが似てるな。ペ、とかついてるし...)とは、

《仮面・役柄の意》
  1. 人。人格。
  2. キリスト教で、三位一体論に用いられる概念。本質において唯一の神が父と子と聖霊という三つの存在様式をもつことを意味する。位格。位。→三位一体
  3. 美術で、人体・人体像。

ということだそうだ。ペルソナ/シナリオ法でいう「ペルソナ」とは、つまり「仮説におけるターゲットの人格設定」のことですな。この手法においては「ぺルソナ」は神であり、絶対者である。

で、ターゲットを詳細に書いてみて、提案時の打合せのときに気付いたのだが、これって...

広告の企画書を書く時に「何のために」「何を」「誰に」(だから)「どのように(コンセプト)」伝え、その結果「どうなっている(望ましい結果の状態)」を考えながら企画を組み立てて行く訳で、コンセプトはプロジェクトの「神」であり、常にコンセプトに沿って「ぶれ」が無いかを検証していくのだ。

「誰に」と「どのように」は密接に結びついている筈で、対象が明確であればコンセプトもそれに沿ったものになる筈だ。だから、「ペルソナ/シナリオ法」なんてその時は知らなかったけれど、同じことはずっとやっていたわけです。

キーワードとして、手法として謳ったことが説得力を増すのなら、それはそれで良いけれど、どうも海外で流行っているキーワードを日本に持ち込んで、流行らせ、廃らせていく業界の流れっていかがなものでしょう?

プログラミング。

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最近はあまりやってないが、プログラミングにハマった時期がある。

昨日、システム系の会社の人と飲んでいて「プログラミングのきっかけ」の話になったのだが、その人の話はわかりやすかった。中学の時にMSXでBasicプログラミングをしたのが最初。本を買ってきてひたすらソースコードを打ち込んでゲームを動かす、というパターン。高校時代には既にプログラミングの道に進むことを決めていて、その後専門学校へ行き、業界に入った、ということだった。僕も中学時代にそんな友人がいたなぁ...ということを思い出したが、プログラムを保存するのにカセットテープを使用する、そんな時代だった。

僕の場合は、友人がそんなことをやっているのを横で見ていても、ちっとも興味が無かった。出来上がったゲームで遊ばせてもらうくらい。何が楽しいのか全然わからなかった。高校時代にも全然興味なし、大学時代も全く触っていなかった。今とは時代が違う、ということもあるけど。

大学時代に、バイト先の先輩がMac(Color Classicだったっけ?)を買って「すごいだろう」てなことを言っていた時も、「はぁ...」ってな感じだった。HyperCardが使いたくてMacを買ったらしい。今となってはすごく良く分かるんだけど、当時は「はぁ...」しか言えなかったんですね。

仕事をするようになって、ワープロは使うようになった。コンピューターをはじめてちゃんと使ったのは20代の後半、はじめて買ったのは28の時(中古のLC575)。

長くなるので省略するが、はじめてプログラム(もどき?)を書いたのは、AppleScriptでだった。当時会社にはインターネットに繋がる環境がなくて、仕事で必要だったので(そんな状態でWebサイトの制作を受注したのだ!)モデムを買ってきてつないだのだが(9600bps!)、インターネットにつなぐ時には社内LAN用の設定を変更しなければならない。そんな切替え機能は当時のOSにはなく、あまりに面倒なので、設定を変更するScriptを書いたのだ。しかも日本語で。


a = b;

じゃなくて

a を bにセットする

だったかな? もう忘れてしまった。

if (a=b){
...
}else{
...
}

とかじゃなくて

もし a が b ならば
...
そうでなければ
...
以上

です。今から考えるとすごい言語だけど、とにかくそこから始まったわけです。で、ソフトにインターフェイスを加えたい...ってなことからHyperCardに行って(5年ぶりの再会)、CGIプログラミングに行って、REALbasicにハマって...

何でこんなことになったんだろう?

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